清潔感のあるオフィスの中の、開放的な社員食堂のソファ席でコーヒーをお供にタブレット端末を操作する。社員がまとめた資料に目を通していると、誰かが目の前のイスを引いて腰かけた。俺の待ち人だ。
「すまん葵。待たせた」
「ああ、気にしないで。面接をしているって秘書の人に聞いたから。こっちこそ突然訪ねてごめんね。頼まれていた物件で良さそうなところを纏めてきたから見てほしくてね」
「助かる。——っとその前に、葵に見てほしい履歴書があるんだ」
「履歴書? あ、もしかして始が面接してた人?」
どうして俺に見せるんだろうと思ったけれど、同じ社長として俺に何か意見を聞きたいのかなと思って彼が封筒から履歴書を取り出すのを待つ。
「うちで雇うには勿体ない人物だと思ってな。この子は葵のところに永久就職すべきだと思うんだが」
「ん? 永久就職って……」
彼から受け取った履歴書に目を通して、真っ先に――履歴書に貼られた写真を見て息が詰まった。間違いない。この子は、この子、は……!
ぐるん、と頭の中を走り抜けた彼女と過ごした数日間の記憶。楽しくて、嬉しくて、幸せで。いまだに忘れられない、大切な時間。俺が傷付けてしまった、大切な、人。
思わず口元を手のひらで覆う。何度も何度も履歴書に目を通して、自分を落ち着けるために深く息を吸った。
どうして俺にこの子を? 俺はこの子の容姿を始に見せたことがない。どうしてこの子が俺の探している子だってわかったんだろう。
十二月のあの数日間の話を、情けなくぼろぼろと泣きながら友人の始に話したのは記憶に新しい。
「大好きだったんだ」「本当に、この子となら幸せになれるって思ったんだ」「大好きな子を傷つけてしまったんだ」「もう会えないんだ」と、格好悪く未練がましく、あの子がプレゼントしてくれた煙草のケースを握り締めた俺は、彼に慰めてもらった。
会いたいと思って、謝りたくて、彼女を探しているけれど見つからなくて。でも、まさか、こんなところで彼女が見つかるなんて――。
「今、応接間にいる」
「ぁ、でも……俺は、彼女を……傷付けたから……彼女は、会いたくないって思っているかも」
言葉尻はか細く消えてしまう。探していたのに、いざ本人に会えるとなると会う勇気がなくなってしまう。ああ、格好悪いな。
「恋人はいるかと聞いたら、いないと言っていた」
始が俺の目を見てまっすぐな声色で続ける。
「恋しい人はいるかと聞いたら、いると言っていた。恋しくて、大好きで、苦しくて、でももう会えない、ってな」
「それ、は」
「彼女、葵からもらった香水を毎晩自分の枕につけているんだとさ」
ぞわりと全身に走ったこの衝撃は、なんだろう。けして嫌な感覚じゃない。これは、くすぐったさと、嬉しさと、切なさと――恋しさだ。始の瞳を見つめる俺の瞳から、ぽろりと一筋涙が落ちる。
「始」
「ああ」
「はじ、め」
「なんだ」
「——彼女に……会いたい」
俺の言葉を聞いた始は、ふっと柔らかく笑う。
「彼女に会って、今度こそ、ちゃんと……俺の気持ちを伝えたい」
正面に座る始の右手が俺の頭に伸びる。手のひらがのって、髪を乱すぐらいわしわしと撫でられた。彼は白い歯を見せて、にかっと笑っている。
「行ってこい葵!」
力強く言葉で背中を押された俺は、彼女の名前を何度も何度も心の中で呼んで走った。
「すまん葵。待たせた」
「ああ、気にしないで。面接をしているって秘書の人に聞いたから。こっちこそ突然訪ねてごめんね。頼まれていた物件で良さそうなところを纏めてきたから見てほしくてね」
「助かる。——っとその前に、葵に見てほしい履歴書があるんだ」
「履歴書? あ、もしかして始が面接してた人?」
どうして俺に見せるんだろうと思ったけれど、同じ社長として俺に何か意見を聞きたいのかなと思って彼が封筒から履歴書を取り出すのを待つ。
「うちで雇うには勿体ない人物だと思ってな。この子は葵のところに永久就職すべきだと思うんだが」
「ん? 永久就職って……」
彼から受け取った履歴書に目を通して、真っ先に――履歴書に貼られた写真を見て息が詰まった。間違いない。この子は、この子、は……!
ぐるん、と頭の中を走り抜けた彼女と過ごした数日間の記憶。楽しくて、嬉しくて、幸せで。いまだに忘れられない、大切な時間。俺が傷付けてしまった、大切な、人。
思わず口元を手のひらで覆う。何度も何度も履歴書に目を通して、自分を落ち着けるために深く息を吸った。
どうして俺にこの子を? 俺はこの子の容姿を始に見せたことがない。どうしてこの子が俺の探している子だってわかったんだろう。
十二月のあの数日間の話を、情けなくぼろぼろと泣きながら友人の始に話したのは記憶に新しい。
「大好きだったんだ」「本当に、この子となら幸せになれるって思ったんだ」「大好きな子を傷つけてしまったんだ」「もう会えないんだ」と、格好悪く未練がましく、あの子がプレゼントしてくれた煙草のケースを握り締めた俺は、彼に慰めてもらった。
会いたいと思って、謝りたくて、彼女を探しているけれど見つからなくて。でも、まさか、こんなところで彼女が見つかるなんて――。
「今、応接間にいる」
「ぁ、でも……俺は、彼女を……傷付けたから……彼女は、会いたくないって思っているかも」
言葉尻はか細く消えてしまう。探していたのに、いざ本人に会えるとなると会う勇気がなくなってしまう。ああ、格好悪いな。
「恋人はいるかと聞いたら、いないと言っていた」
始が俺の目を見てまっすぐな声色で続ける。
「恋しい人はいるかと聞いたら、いると言っていた。恋しくて、大好きで、苦しくて、でももう会えない、ってな」
「それ、は」
「彼女、葵からもらった香水を毎晩自分の枕につけているんだとさ」
ぞわりと全身に走ったこの衝撃は、なんだろう。けして嫌な感覚じゃない。これは、くすぐったさと、嬉しさと、切なさと――恋しさだ。始の瞳を見つめる俺の瞳から、ぽろりと一筋涙が落ちる。
「始」
「ああ」
「はじ、め」
「なんだ」
「——彼女に……会いたい」
俺の言葉を聞いた始は、ふっと柔らかく笑う。
「彼女に会って、今度こそ、ちゃんと……俺の気持ちを伝えたい」
正面に座る始の右手が俺の頭に伸びる。手のひらがのって、髪を乱すぐらいわしわしと撫でられた。彼は白い歯を見せて、にかっと笑っている。
「行ってこい葵!」
力強く言葉で背中を押された俺は、彼女の名前を何度も何度も心の中で呼んで走った。

