君の手を

………


「私はあの時、誰にも別れを告げることが出来なかった。愛するあなたにも、祐太にも

私は無念だったの。

死んでしまったことではなく、別れを告げられなかったことが。

人はいつか必ず死ぬの。早いかそうでないかだけ。

きっと神様は、そんな私にチャンスをくれたのよ。

ううん。生き返って何もなかったかのように暮らすためじゃない。そんなことはきっと許されない。

そうじゃなくて…私は、佳祐と祐太にちゃんとサヨナラを言うために生き返ってきたのだと思うんだ」

………



病院からの帰り、車中で佳祐は私の話を黙って聞いてくれた。

私は話ながら佳祐の横顔を助手席から見た。

以前より少しやつれたその頬には、涙が伝っていた。




「鶏肉いるよね？」

「うん」


私たちは買い物を終え、三人で並んで歩いて、家路についた。

佳祐が祐太を肩車した。祐太がキャッキャッ、と嬉しそうに笑う。

「祐太、重くなったなあ」

「佳祐に似たら、きっと背が高くなるよ」

祐太は、どんな男の子になるのかな。

佳祐に似た、優しい人になって欲しいな。





「いただきまーす」

三人で両手を合わせる。恐らく、最後の夕食。

「うまい！」

「うまい！」

「うままい！」


幸せな家族の食卓。





「洗い物してくるね」

立ち上がった私の肩を、佳祐が優しく抱いてくれた。

しばらく無言で抱き合う。佳祐、震えている。

「ひとつひとつ、終わっていく…」


「泣いたら祐太が心配するよ」

「そう…だね」

「笑って過ごそうよ。せっかくの思い出なんだから」

そう言いながら、私は自分の頬に温かいものが伝うのを感じた。


私たちは、黙って抱きしめあった。


神様、もう少しだけ、私たちに時間をください。