「もう限界だ。今君の脳細胞は、徐々に神経組織が死んでいっている」


何時間も意識を失っていたらしい。ベッドの上で目覚めた私の目に、小西先生の姿が映った。


「明日中に決めてくれ。それがギリギリだ。もう一度、よく考えて」



頭痛は周期的に来るが、去ればまた何事もなかったように治る。今の私は何ともない。

「佳祐と祐太は?」

「治療に専念するから、と言って帰ってもらったよ」

「そうですか…」


「やはり、雅人ではなく、佐藤さんを選ぶのかい?」

小西先生の口調は優しい。

「先生、雅人の様子は?」

「相変わらずだ。良くも悪くもならない」



雅人と過ごした日々の記憶が心の中に残る。それは、温かい思い出。


だけど、きっと本当の片桐美里の精神は閉ざされている。

佐藤真沙子の心がこの体の中心に居座っているからだ。



どちらを選ぶの?



その心の中のせめぎあいは、もともとアンフェアな戦いなのかも知れない。



もし、佐藤真沙子として生き続けることが出来るなら、もう答えは出ているのかも知れない。



「とりあえず、しばらくは大丈夫だから、今夜はゆっくり休んで」


「先生、雅人に会わせてもらっていいですか?」


私は小西先生と雅人の病室へ向かった。





「しばらく、二人きりにしてもらっていいですか?」

小西先生は私の希望どおり、私を病室に残して席を外してくれた。



もし雅人に奇跡が起きて目覚めた時、私がこの世にいなかったら、いったいどんな気持ちになるのだろう。

あのまま死なせてくれればよかったのに。


ひょっとしたらそう思うかも知れない。


真沙子はなぜ生き返ったの?


再び辛い別れが待っていると初めから分かっていたら、それでも生き返る道を選んだだろうか?


「どうなの?真沙子さん」

自分の心に自分で問う。


その時、私を再び軽い頭痛が襲った。それと同時に強い眠気がやってきた。


しばらく大丈夫だと言っていたのに…


私はふらつく体でナースコールのボタンへ手を伸ばした。


だがその手はボタンに触れることなく力尽きた。