君の手を

幸人は深夜に目を覚ました。何か物音がしたように感じたからだ。


ガチャ。


やはり。あれは玄関の扉が開く音だ。

幸人は二階の寝室の窓を開け、玄関を見下ろした。


「雅人!」

幸人の呼び掛けで雅人は視線を上にあげた。幸人と目が合うと雅人はニコリと微笑んだ。

「兄貴!美里からメールが来た。美里は兄貴の言う通り、心の病気で悩んでたんだ。

美里の心が今、壊れそうなんだ。俺今から美里のところへ行く。

美里を支えてやれるのは、俺しかいないんだ」





グシャリ。

静かに語っていた小西先生は、その時持っていたコーラの空き缶を握り潰した。

驚いた私は小西先生の顔を見た。


そこにあったのは、怒りと悔しさ、そして深い悲しみの混ざった表情だった。


「私は何故あの時気付かなかったんだろう。雅人は、私が見送った後、ガレージに向かったんだ」


弟を快く送り出した幸人は寝室の窓を閉めた。



その直後ガレージから聞こえたバイクのセルの音。

「あのバカ!まだ酔ってるだろうが!」

幸人が慌てて階下に走り降り玄関を飛び出した時には、雅人のバイクはテールライトの明かりを残し角を曲がっていった後だった。



何事も起こらないでくれ。幸人は祈った。



だがその願いはまもなく、静寂を打ち破る非情な電話のベルによって引き裂かれた。


「小西さまのお宅ですか?」

「はい」

「こちらは兵庫県警尼崎北署です。そちらは小西雅人さんのご親族の方ですか」

「はい。兄です」

「そうですか。実は先ほど雅人さんが事故を起こされました。相手はタクシーです。タクシーは軽微な破損で済みましたが…雅人さんはヘルメット非着用でしたので…」

「ケガをしている?」

「今、近畿労災病院に搬送し、緊急手術を行っています」

「手術…容体は?」

「病院側からの報告を申し上げます」



早急に親族の方々に連絡をとってください。