君の手を

病室の扉が開き、さっきの男の人と、白衣を着たお医者さんが入ってきた。

「美里、何も心配いらないからね」

私は父親だと名乗る男の人を見た。優しい目をした人。

…私は美里っていうんだ…

私は記憶喪失。私の名前は片桐美里。


お医者さんもそう言っているし、何も覚えていない私はそれを信じるしかない。

でも何だろうこの違和感…。

確かな記憶がないのに、私の聞かされた名前にはすごい抵抗があった。


…私は美里じゃないよ…



「体に異常はありませんでした。一時的な記憶の混乱だと思います。しばらく様子を見ましょう」


先生によると私は心臓移植の手術を受けたそうだ。

その際、一時私の容体が悪化して危険な状態がしばらく続いたらしい。記憶喪失はその後遺症ということだった。

「記憶の喪失と混乱は全く違います。お嬢さんの場合、脳に異常はまったくありませんから、必ず回復することでしょう」

手術自体は大成功で、拒絶反応も今のところ見られないとのことだった。


「何も心配せず、ゆっくり休んで」

お母さんが言った。彼女はお母さん。そしてこの人がお父さん。私は必死に彼らの顔を覚えた。

親子なのに、覚えるのに必死だ。何か変だよこんなの。


だけど、私の体は、私にこれが現実だと言うことを嫌が応でも痛感させる。

私の胸に残る大きな傷痕。

気持ちがふさがる。私はお母さんが持ってきてくれた手鏡に自分の姿を映した。

…少しやつれているけど、なかなかの美人じゃん…

肩まで伸びたセミロングのストレートヘア。毛先はシャギー。色は落ち着いた栗色だけど、頭が少しプリンになっているからこの髪の色は自分のものではない。

…顎のラインもシャープだし、首も細くて長いから、きっとボブとかの方がもっとかわいくなるな。色ももう少し明るい方がいいんじゃないかしら…

…ここから、こうハサミを入れて…