「虚心症…」

私の虚ろな返事に、小西先生は頷いた。


「そうだ。ちょっと難しい話になるけど、ちゃんと知って欲しいから、今から説明するよ」

小西先生は私にも分かるように、順を追って説明をしてくれた。






心臓の細胞組織の中には、脳細胞に酷似した性質をもった細胞がある。

これらは元々、心臓に指令を出す『小さな脳』として働く。


だが、最近の小西達の研究において、この小さな脳がある状況下では、本来の脳の代わりをすることが分かった。


「脳はとても重要な器官だ。そのためとても丈夫な頭骸骨に守られている。だけど脳にも、どうしても克服出来ない問題があるんだ…」


それは、心臓から遠い、ということだ。

そのせいで、脳は常に血流の確保というナーバスな問題を抱える。


溺れたり、窒息したりすることで血液は脳に供給されなくなる。

最悪の事態は『脳死』という状態だ。


心臓は元気なのに、脳が死ぬことで、人間は死んでしまう。


「美里さん、こんな話を聞いたことはありませんか?

脳死したはずの患者さんが、ある日突然目を覚ました、というような話です」


そういうのテレビで見たことあるな。私は頷いた。


「それこそが『心臓の擬似脳化』による奇跡なんですよ。これは簡単に言うと、心臓が一時的に脳の情報をバックアップすると言うものです」


脳そのものに危機が迫ると、脳は心臓にある第二の脳に、一時的にそれの持つ情報を避難させる。



心臓がその人の記憶を持つことになるのだ。


脳は一部の組織が破壊されても、また別の部分を代用して記憶などを再生する能力を持っている。


「つまり、いったん安全なところで核となる情報を預かり、その後正常化した時にこれを脳に返す。心臓の脳は、いわば外部記憶装置なんだ」


そのおかげで、普通なら脳にダメージを受けて障害が残るはずの状況でも、全くどこにも問題なく復活する人がいるのだという。


「これはもう、私の研究結果から得られた事実だ。今度医学学会にも発表する。そしてここからが話の核心なんだけど…」

小西先生は、私の目を見据えて静かに言葉を選ぶように話した。