「真沙子さん、私には隠さなくていいよ。私は知っているんだ、君が誰なのか」

「どうして…」

「それは、君の真沙子としての心、それ自体が私の研究している病気の正体だからだ」


「病気…」


小西先生は静かに頷いた。

「佐藤真沙子は、君、片桐美里の心臓移植手術のドナーだった。そして今、君は片桐美里としてではなく、佐藤真沙子としての記憶がある。そうだろ?」


凍り付く時間。永遠とも思える沈黙のあと、私は頷くしかなかった。



「私がこの病気を研究することになったきっかけは、ある心臓病患者の家族からの相談だった…」


小西先生は静かに語りだした。





心臓移植をした患者にドナーの記憶の一部が移る。

それは移植手術が行われ始めた頃から囁かれていた噂だった。

手術後、急に性格や趣向が変わったり、ドナーやその家族しか知りえない記憶を持っていたり。

その程度の変化は、原因不明だが度々発生していることが報告されていた。

だがそれが特に深刻な事態につながることはなく、生活にも支障がないこともあり、あまり問題視されることはなかった。


そんなある日、小西の元に一組の夫婦が訪れた。


「娘が別人になってしまった…」


彼らの娘は心臓移植手術後、人格が完全に変わってしまったという。

初めは記憶の混乱と診断された。

だが、自身も医師だった父親は、娘の異常性に気がついた。

彼らが独自に調べ続け、分かった事実。



娘の心はドナーのそれと入れ替わってしまった。


心臓外科、心療内科、精神科。

ありとあらゆる医者を頼り娘の治療を試みて、そのすべてがことごとく無駄に終わった夫婦は、最後の望みをかけ小西の元を訪れた。

「それは根拠のないオカルトではなく、原因のはっきりした病気だったんだ」


小西先生はそう言うと、私に手に持っていた紙を手渡した。

『心臓組織の擬似脳化による脳内神経障害について』

そこには、そう題されたレポートが書かれていた。

「君の病気はゴーストマインドディシーズ、虚心症という病気なんだ」