「よかった!目が覚めた!お父さん!美里が目を覚ましたよ」

女の人が私を見て涙を流し、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。

するとそこに勢いよく扉を開けて、男の人が入ってきた。男の人の目にも涙が浮かんでいた。

うーん、二人とも…誰?

「美里、分かるか?お父さんだよ」

「お父さん、まだ話し掛けたらダメよ。まだきっと薬でボーっとしてるもの」


お父さん?この人が?

こんな男の人、私知らない。第一、私の名前は美里なんかじゃないよ。私の名前は……?

何だっけ?

いやその前にここはどこ?

「本当だな、まだボーッとしてるな。美里、無理しなくていいよ、寝てなさい」

「私、美里とかいう名前じゃありません。それにあなたたち、一体誰ですか?」

私の言葉を聞いたその中年の男女は、目を大きく見開いて絶句した。

「美里、何も覚えてないの?私、お母さんよ」

嘘だ。あなたは赤の他人だ。記憶は定かじゃないけど、それくらい分かる。

「失礼ですけど、どちらさまですか?」

きっと私をからかっているんだ。そう思った私は彼らにそう言い放った。

女の人が泣き出してしまった。男の人も顔に不安と落胆の表情を浮かべ、涙目で私を見た。

「記憶を、失ってしまったんだね。やはり麻酔で昏睡したから、その後遺症なのだろうか」

私の父親と名乗る見知らぬ男は、そう言うと部屋を出ていった。

麻酔?

その時私は、初めて自分が病室のベッドの上にいることに気付いた。

記憶を失った?

そう言えば、自分の名前さえ思い出せない。

これは、記憶喪失というやつなのだろう。

私は、私のそばで泣いている女の人がかわいそうになり、その肩に手をおいた。女の人はそんな私を抱きしめた。

「かわいそうな私の美里。でも絶対お母さんがあなたを治してみせるからね」

この涙は演技とは思えない。となると、やはり私が記憶喪失なのだろう。

「ごめんね。今は何も思い出せないの」

私は私の手を握る女の人の手を強く握り返した。

そこには本物の母の温もりがあった。