君の手を

「ん?どうかした?」

「いいえ」

「それにしても美里さん、手際がよかったね。カットもうまかった」

「ありがとうございます」
「あまりに店での振舞いが自然だったから、一瞬君が真沙子に見えたよ」


…私は真沙子よ…


「祐太くん元気ですか?」
「うん、元気だよ。今日は実家でおふくろが預かってる」

「会いたい…」

「え?」

知らぬ間に口に出してしまったようだ。私は必死にごまかした

「真沙子は大好きな祐太くんの話をいつもしていたので、一度見てみたいなと思って」

「じゃあ、この後会いますか?せっかく来てくれたし、うちで真沙子に線香でもあげていってくれませんか」

思いもよらぬ提案。私はカットだけして帰るつもりだった。それでけじめをつけるつもりだった。

これ以上佳祐たちと関わると、私はきっと感情が抑えられなくなる。


お線香だけあげて帰ろう。その方が自然だし。私は、『でもここまでよ』と自分を戒めた。

佳祐が近づいて作業をした瞬間、淡い香水の香がした。

これは確か、私がいつかプレゼントした銘柄だ。ずっとつけていなかったのに。
「私のあげた香水、なくさずにもってたのね」

「君がくれた香水?」

しまった。私は自分が思わず発した言葉に後悔した。
「いえ、何でもありません」

うまくごまかせない。まあ、いいか、多少変な子だと思われるだけだろう。
私は考え事をしていたことを口にしただけで、今の話は佳祐には関係ないのだと説明した。

「今一瞬ドキッとしましたよ。実は僕が今日つけている香水は、真沙子が以前プレゼントしてくれたものなんです。しかもなくしたと思っていたのが、この間、ひょっこり出てきたばかりなんです。祐太が生まれて、家に祐太の物があふれたせいで紛れてしまったんです」

「そうなんだ」

その時佳祐は私の肩を両手でポンと触れた。これは佳祐の終了の合図だ。

「お客様、こんな感じでいかがですか?」

完璧。文句のつけようがない。


「素敵!めちゃかわいくなったー!」

「君の顔と首のラインが一番引き立つヘアだね。美里さんの選択がよかったのさ」

さすが佳祐、相変わらず良い腕だ。