君の手を

「えっ!?」

井本さんの目は真剣だ。

「いくら私の事を聞いていたからと言っても、他人がここまで出来ないわ。仕上がった時に言うセリフまで同じ。私には信じられない。あなたが真沙子ちゃんだと思った方が自然だわ」


「真沙子から、本当によく聞かされてましたから、井本さんの事」

「じゃあ、お店の中の様子も?ご主人、美容院の備品て、置く場所はどの店でも必ず決まって同じなの?」

「いえ。店によってまちまちですよ」

「ほら。なのにあなたは、すべての備品、ハサミだってご主人用と自分用があるのに、全く迷うことなく使い分けた」

お店は以前のままだった。私の使っていた道具は、私が死んでも全部そのままになっていた。だから私は自分の道具を使ったのだ。

「真沙子ちゃん、帰って来てくれたのね」

そうよ!私はその言葉が喉まで出かけた。

だけど、寸でのところで私はそれを飲み込んだ。

「そう思ってくれただけで、井本さんをカットしてよかったです。真沙子も、これで井本さんにさよならが言えると思います。井本さん、今まで真沙子を応援してくれて、ありがとうございました」


「そうね。最後に本当に真沙子ちゃんに再会した気持ちになれたわ。こちらこそ、ありがとう」

井本さんは立ち上がるとこちらに向き直った。小さい、丸くなっていた背中が、少しシャンとしていた。


「あなたの手の感触、本当に真沙子ちゃんそっくりだったわ。八年通っていた私が言うのだから相当なものよ」

「僕も、横で見ていて思ったよ。他人でここまで似るものかってね」


佳祐の好意もあり、その日のカット代は無料になった。

だけど井本さんは、財布から一万円出すと、これを私に手渡した。

「これは私の気持ち。これで真沙子ちゃんを偲んでお茶でも飲んで!」

井本おばあちゃんは、そう言い残すと、さっそうと歩いて店の玄関を出た。私と佳祐は外まで見送りに出た。