君の手を

チェアーに座った井本さんを見たら、私の頭の中にどんどんイメージがわいてきた。

そう、この感じよ。

私はカットを始めた。
感覚は手が、いや私の心臓が記憶している。井本さんの好みを考えながらハサミを入れていく。

「お孫さん、瑠美ちゃんと唯美ちゃんはお元気ですか?」

「あら、驚いた。そんなことまで真沙子ちゃんから聞いてたの?」

「真沙子は、井本さんが大好きだったんです。まだ駆け出しだった頃から温かく見守ってくれていた。本当のおばあちゃんのように感じていたんです」

「そう。うれしいわ」

私はハサミを入れながらふとあることを思った。生前はそんなこと一度も考えなかったのに。私は井本さんに、私の頭をよぎった疑問をぶつけてみた。


「井本さん、真沙子は井本さんだけ違うカットするんですけど、これって初めて会った時から変わってないですよね?」

それは美容師的には、ちょっとアンバランスな、言って見れば失敗だ。私が初めてカットしたお客さん、それも井本さんだった。
その後私が上達しても、井本さんはこの髪型を指定してきたのだった。

「今だから言うけど、最初このカットをされた時は正直ビックリしたわ。でも真沙子ちゃんは一生懸命だった。私はその姿を見ていたら何も言えなかったのよ」

やっぱり。これが好みというわけではなかったんだ。

「でもね、正直落ち込みながら家に帰ったら、私の頭を見て二人の孫がキャッキャッって笑って喜んでくれたの。これだ!って思ったわよ。だから、次からも今までずっとこれでお願いしてきたの。今では孫たちも、おばあちゃんの髪型個性的ね!て誉めてくれるのよ」

井本さんの優しさで、胸に熱いものがこみあげてきた。


あの日死んで、そのままだったなら、決して知ることのなかった真実。

「信じられないわ。私のイメージ通りよ」

井本さんは自分の髪の仕上がりを見て言った。

「どうですか?バッチグーでしょ?」

井本さんは私のその言葉を聞いた瞬間、私の方を振り返り、大きく目を見開いた。

「あなた真沙子ちゃんね」