君の手を

「やっぱり。そうじゃないかと今何故か思ったんだ。でもずいぶん早く来たね」

佳祐が私に話し掛けている。もう二度とかなわないと思っていた願い。

「ちょっとこの辺りが懐かしかったので、散策してからと思ってたら、そこで井本さんに会って、一緒に来たんです」


「でも、私は今日はカット出来ないわ。真沙子ちゃんじゃないと、いつものように出来ないもの」

井本さんはそう言うと、また落ち着いたら来るわ、と言って、店を出ようとした。

「待って」

私は井本さんを呼び止めた。
井本さんはキョトンとして私を見た。

「私は、真沙子の親友の片桐美里と言うもので、美容師です。私は真沙子から生前、いつも井本さん、あなたの事を聞いていました。あなたのカットをする時の様子や好み、私にはすべて分かります」

「何が言いたいの?」

「私に、今日だけあなたのカットをさせてくれませんか?佳祐さん、ここの器具をお借りしてもかまいませんか?」

「それはちょっと…」

「真沙子はきっと、井本さんにさよならが言えず、悔やんでいます。その弔いもしてあげたいの」

「やってもらおうかしら、あなたに」

井本さんがまっすぐ私を見つめて言った。

「何か、あなたを見ていると真沙子ちゃんとタブって見えてしょうがないの。今日会ったのも何かのご縁でしょう。どうせ年寄りだから、失敗してもかまわないよ。あなたの思うようにカットしてちょうだい」

「はい」

「じゃあ、ご主人、すみませんがここを貸してくれるかしら?」

井本さんの言葉に、佳祐は少し考えたあと答えた。

「今日はお客さんももう来ないし、僕が横で見ているということなら、いいですよ。でも美里さん、君本当に美容師なの?見たところすごく幼い感じがするんだけど」


「こう見えても、真沙子と同級生です。美容師かどうかは、始めたらすぐ分かるでしょ?」

まあそうだな、ということで、佳祐からのオッケーが出て、私は井本さんをカットすることになった。