君の手を

私たちは再びバイクで移動した。20分くらい西に行くと、六甲山牧場の看板が見えた。

「牧場だって!」

「行ってみよう!」

私たちは牧場の中に入った。どうやら牧場の主な住人は羊のようだ。

「なんかあちこちでメーメー言ってるよ」

「牛とかがいっぱいいると思ったけどいないみたいだな」

雅人の言葉を聞いて、私の記憶に、ある光景が蘇った。




……「ママ、牛もおる!」
「そうよ、お乳からチーズを作るのよ」

「うまもおる?」

「馬はどうかなあ」


「真沙子、こっちに馬がいたよ!ちっこいやつ」

佳祐が私たちを呼んだ。彼の指差す先には、小さな馬がいた。

「ポニーかな、乗れるのかしら」……




「…さと、美里?」

私は雅人に呼ばれ我に返った。

「ご、ごめん。ボーッとしてた」

「チーズ売ってるってことは、きっと牛もいるな」

「うん、馬もいるみたい」

私はそう行ったあと、記憶をたどって歩いていった。
そして、やはりそこには、馬がいた。記憶の中のポニーはまだそこにいたのだ。

「ほら、いた」

雅人は私の方を覗き込んだ。

「美里、この牧場来たことあるの?」

「ある、のかな…」
確かに私の中には牧場へ来た記憶がある。だけど、こんなこと雅人には言えないよ。

「誰と来たの?」

雅人が質問してきた。当然の疑問だ。私は少し焦りながら取り繕った。

「家族、だと思う」

記憶が無いことになっているので、はっきり断言するのもおかしいかなと思った私は、あえて曖昧な言い方をした。

「違うかも知れない、のか?」

もう、何でそこに食い付いてくるの!?

「わかんない。覚えてないから」

雅人は、そうかそうだよな、と言ったまま押し黙ってしまった。ひょっとして、私が誰か他の人と牧場に来たのかもと疑っているのだろうか。

「思い出した。お父さんとお母さんと三人で来たよ!うん、間違いない」

私は精一杯の笑顔で雅人に嘘をついた。


嘘も方便という言葉もある。この嘘は雅人と、私のためだ。 

「そうだよな!こんなとこ車ないと来れないしな」

よかった、納得してくれた!


その時だった。