「…なんか普通だったな」
事務所へ向かう途中で独りごちてまた考える。
安心、したような…違うような。
とにかく通常運転の対応をしてくれたももさんに内心感謝しつつ、この後どうするかをぼんやり頭に巡らせた。
事務所の扉を開けて、ロッカーの扉も開けて、リュックを開き、着替えのパーカーを出す。
簡単なことなのに、人の心はそうも行かないもんだな。
…いや、対ももさんだから、簡単じゃないんだな。
エプロンの結び目を解き、軽く畳んでロッカーにしまってパーカーを頭から一気に被る。
「…ふぅ」
無意識で出たため息とともにロッカーを閉める。
「お疲れ様です」
「うわっ。…あ、ももさんですか」
ロッカーの扉で見えていなかったが、いつの間にか事務所に入り隣で同じように休憩の支度をしていたことに気づいた。
俺の反応に、ももさんは一度瞬きをして、そこから何も無かったように支度をして、事務所の冷蔵庫からランチバッグをだし中央にあるテーブルにつく。
「…髪、跳ねてますよ」
「―えっ、…あ、ほんとだ。…ありがとうございます」
まさか、向こうから話しかけられるとは。
予想だにしなかった出来事に心底驚きつつ、壁に設置された鏡を探して、確認する。
ももさんの言うとおり、着替えの反動で跳ね上がった所を見つけ、手ぐしで梳して、その手が止まった。
あんなにごちゃごちゃ考えていたけれど、今はむしろ頭の中が空っぽになったような。
ただ一つ分かったのは、たった一言の彼女の言葉で、髪より何より跳ね上がってしまった心が自分にあったこと。
こんなチョロい男だとは思わなかったなと、自虐せざるを得ないのが不服だけど…。
ひとまずこのパーカーとなぜかパーカーを買った量販店にも心から感謝してから、冷蔵庫に向かいお茶を取り出して席についた。
勿論、ももさんの対角線の少し離れた席に。



