「京子。さっき貴方に電話があったわよ」

 私は喫茶店で会っていた彼からだと推測すると、ぶっきらぼうに答えていた。

「正でしょ? いいのよほっといて」

 今後の人生彼に合わせることもないし、私から諦めることもない。
 彼が悩み苦しんで決断すればいいのだ。
 
 その気持ちは確かだが、当てつけのような判断をし後ろめたさのような気分を味わっている。
 大事なものを粗末に扱っている自分に気付き出していた。
 その場を逃げるように二階に駆け込む私の足を止めたのは、母の口から聞く意外な人物の名だった。

「違うわよ正さんじゃなくて、橘先生よー、ほら美術の先生。守君のお母さんよ」

「えっ、橘先生」

 その方は私が小さな頃から知る人物で、大学時代は絵を教えてくれた恩師でもある。
 喜びながらメモを受け取ると、そこには自宅では無く会社名と電話番号が書かれていた。

「橘デザイン」

 確かここは先生の旦那さんが経営している会社。
 何故連絡先が会社名とそこの電話番号何だろう? 普段からそこにいるのだろうか? 

 少し疑問にも思っていたが楽観的に考えていた。  
 橘デザインっという名前の会社は子供の頃から何度か遊びに行ったことのある場所だった。
 最寄り駅から二つ先の駅にあり、歩いてでも行ける距離だった。

 地理的に私を導いているのかしら? 
 自分に良いように物事を考えながら、昔のことを思い出し喜んでいる。
 そこで働くおじさん達は、子供だった私が遊びに行くと色々な絵を描いてくれたこともあった。

 動物や漫画のイラスト、時には私の似顔絵を可愛らしく描いてもくれたこともある。
 そう言えば先生の旦那さんは不思議な話をしてくれたなー。

 あー懐かしい。

 大人になった私が今出向いたら、皆どんな表情をするのだろう? 
 期待のような気持ちと不安を重ねあいながら、楽しみに考えていた。