その日の帰り道、久しぶりに水路横のベンチに座ると、心の中で訴え掛けていた。
 
 茜、ペンタスはやっぱり願い事を叶えてくれているよ。

 今ではそんなおとぎ話のような会話を、耳にすることも無くなったし、現代アートデザイナーの霞京子は消えて私自身の夢は叶わなかったけど。でも本当の幸せは、ペンタスが叶えてくれたじゃないかな?

 だって当初の人を笑顔にしたい気持ちを、思い出させてくれたもの。
 
 辛い事。悲しいこと。大きな挫折も覚えたけど、それは私の人生のプロローグみたいなものかもしれない。
 そしてこれから、前向きな本編が始まるの。

 まあ、私の場合。長いプロローグだったけど、だからこそ今が幸せに感じている。 

 春の夕日が足早に沈むと、周りは青黒く静かに混ざり合って行く。

 でも、もう少しだけこのまま。

 私は顔を上げ、目を閉じた。

 それとね茜。貴方からもらった押し花に願い事しちゃった。
 貴方の病気が治り、また会えることをペンタスに願ったの。
 今度は草山茜ではなく月下明里として出会い友達になるの、最高じゃない。
 
 きっとあなたは今までのこと謝ると思うけど、私はそれに対し笑顔で文句の一つぐらい話すと思うわ。
 そして今も用意しているアンパンを二人で食べるの、ふふっ素敵でしょ。
 会えなかったこの数年間の話をするのだけど、貴方は私のイラストの描かれた本を、大事そうに手にし持って来るんでしょ。

 わかっているのだから。

 空からは以前とは違う優しい風の音が聞こえる。
 そこには私達に不安を与えた、大きな月も存在しない。
 辛いプロローグが終わり、前向きな本編が始まるのだから。

 私は笑顔を作ることに必死だった。 
 何処からか流れるさわやかな香り。記憶にあるジャスミンの匂いに、涙が溢れ出していた。

「京子さん」                          
                        
              おわり