「姉の病態が良くなく、近いうちに手術を行います。仲の良かった京子さんに謝りに来ました。姉の本当の名前は明里です。月下明里が本当の名前です」

 しずくさんは涙をこぼしながらも、明里さん……茜のことを一生懸命に話してくれている。
 咳き込みながら、声も詰まりせなだらも。
 
 茜が病にかかったのは、中学生になってからのことだった。
 体温の調整が出来なくなる病気で、運動はおろか歩くことさえも苦痛を与えるもののようだ。
 高校生になると学校生活も出来ずに、自宅と病院への通院する日々がつづく。

 外出があまり出来ない茜にとって、日常生活の楽しみは病院の帰りに立ち寄る花屋と水路横でのひと時だった。
 昔から好きな花を眺め育てる時間が増えたと笑顔で強がっていたらしく、しずくさんも草花の話をよく聞かされていた。
 まだ見ぬ美しい花や、それにまつわる不思議な話。

 大好きな花を眺めることや、あの場所に座りすれ違う人を見ることが幸せのように感じていた。
 お母さんと車で出かけ一人座っていると、まるで病気では無いようだと喜んでいたそうだ。
 お母さんも少し離れた車の中から、そんな茜を見守っていたらしい。

 そしてある日家族に話した内容が、ペンタスが願いを叶えるという話だった。
 自ら作ったかのような話に、茜は速く病気が治るように。みんなと同じ制服を着て学校に行けるようにと、お願いをしていた。

 その話をご家族はどんな気持ちで聞いていたのだろう?
 ある日ペンタスを頻繁に購入する茜に、花屋の店員が訪ねたそうだ。

「お嬢さんは、よっぽどペンタスが好きなんだね」

「はい、この花は願いを叶えてくれる不思議な花だと聞いたので。ひょっとしたら私の願いも叶えてくれるんじゃないかと思って」

 昔からある子供騙しの作り話。
 茜は夢のようなその話しをあたかも本当のことのように話すと、その噂は花屋から若い子達の間を面白がるように広まっていった。

 皆が購入しては、自らの夢をペンタスに願い事をするようになっていったが、中には育て方も知らずに枯らしては捨ててしまう者や、願いが叶わないと花を粗末に扱う者も増えた。

 そんな話が聞こえると、一人心を痛め悲しんでいたそうだ。
 私と始めてあったあの日も、投げ出されていたペンタスを見て自分のせいだと罪悪感を抱いていた。
 茜は片づけた植木鉢が二つあったことに気付くと、もうひとつ花があることを確認しにあの場所にもどっていた。