私はチョークを手渡しながら呟くと、女の子は驚きながら地面を指差した。

「すごーい、お姉ちゃんが描いた絵、本物みたーい」

「ありがとう」

 私は嬉しくなりその子の頭をクシャクシャっとなぜると、笑顔で立ち去った。
 驚き喜ぶ少女の声を聴け、心が豊かになっていた。

 もっと単純なデザインでも良かったかもしれない。
 でも今出来る全力な表現を、彼女に描いてあげたかった。

 後ろを振り返ると、少女は真似をするように私の描いた絵を見ながら描き写しているようだ。
 その光景が目に入ると感情が壊れたかのように、嬉しさと切なさが入り混じる思いだった。

 少女が私に思い出させてくれる。
 子供の頃、私は人の描く絵を見て喜びを感じていた。

 彼女のように人の描く絵に何かを感じ、自分でも再現できればと描き写した時期があった。
 画力の凄さだけでは無く、素朴なものから色彩で表現するものなど。

 それは次第に自分でも表現することの楽しさを教えられ、誰かの心を豊かに出来ればと思えるようになっていた。

 しかし今の自分はどうだろう? その気持ちを忘れ自己満足になってしまっている。

 自ら納得のいくものが表現出来ると、いつしか相手の気持ちを忘れ、押し付けるような形で自分だけの喜びだけへと変わっていった。
 何処かで変わってしまった、自分が残念に思えてしまう。

 少しすると、家の中から母親が出てきて話しをしている。
 地面に描かれたチューリップの話題でもするのかと予感していると、正も私と目が会い微笑んでいた。

「どうしたの頭にチョークの粉付けて。白髪のように真っ白じゃないの」

 母親のその言葉に自分の手を見ると、白く汚れていることに気付き私達は足早にその場から立ち去っていた。
 逃げ去りながらも考えていた。

 子供は喜んでくれていた……ヒトデのペンだって……
 
 相手の気持ちを考え、私の気持ちまでも豊かにしてくれた。

 生活をするための仕事もそうだし、社会的地位や肩書きを求める事も否定はしない。
 ただ私の原点。求めていたことは、このことだったんだ。
 
 私はこの日、大事にしていた気持ちを、忘れていたことに気付いたのだった。