「ほら京子。いつまでも泣いていないで、子供がびっくりしているよ」

 自宅に戻るため正に慰められながら暫く歩くと、住宅の前で少女がしゃがみ私を見つめていた。 
 確かに大人が泣きながら歩く光景は、子供でなくても驚いてしまう。

 涙を拭い近づくと子供ながら気まずく感じたのだろう、私から視線を逸らしていた。
 おかっぱ頭の可愛い少女。まだ五歳にもならないぐらいだろうか。 
 白いチョークを使い、コンクリートの地面に太陽や動物の絵を描いている。

 お絵描きを楽しんでいることに親近感を持つと、覗き込むように話しかけていた。

「お嬢ちゃん上手だね」

 少女は話しかけても困惑し、こちらを警戒しているようだった。
 少し寂しく思えたが、横にいる正のことを見て、なるほどっと納得していた。

 流石に美人の私が声を掛けても隣にいるのが普通のおじさんだから、きっと彼の容姿に怖がっているんだわ。
 物騒な世の中だもん。見ず知らずの人に声をかけられたら警戒しなきゃ。

 心配させたことに申し訳ない気持ちになると、少女を心情を和らげるため興味を持てる言葉を考え話していた。
 
「いいじゃない。力強い描き方は、まるでシャガールね!」

 私の言葉に、興味を持ったのは少女ではなく、横で聞いていた正だった。
 腕組みをして感心するように、彼も覗き込みつぶやいていた。

「へっーそうなんだ。シャガールて、こんな感じなんだ」

 そんな正を横目で見ると、私は少女に聞こえないよう小声で答えていた。

「喜ぶと思って褒めたのよ」

 正は困った顔になり「この年齢にはわかりづらいんじゃないか?」っと話した。
 突然話しかけられたことに驚いたようで、彼女はうずくまるように下を向き沈黙していた。
 少し気まずい雰囲気の中、それとは関係のない気持ちよさそうな鳥の鳴き声が、私達の近くから聞こえてきた。

「ホーホーホッホー、ホーホーホッホー」

 子供の頃からよく聞く鳴き声、夏の早朝にはよく聞いていたが、冬に聞くのは初めてのように感じた。
 私は鳴き声が聞こえる木の枝に顔を向け、真似るように返していた。

「ほーほーほっほー、ほーほーほっほー」

 改めて少女を横目で見ると、私の顔を見つめている。
 今度は大丈夫だ。