無意識のまま取り出したものは、インクが出なくなったはずのヒトデのペンだった。
 一文字目の途中でそのことに気付くと、タイミングの悪さに嫌気がさしてしまう。

 何で急に書けるのよ。

 しばらく使用して無かったせいか、わずかなインクがペン先に集まったのだろうか? いままでとは違い、色濃く文字を書き留めていく。

 貴方も正を送り出すことに賛成のようね。

「嫌な子」

 書き進めると、ペンは私に気付かせるように正の存在を、文書で埋め尽くしていた。
 出会って良かったこと、幸せだったこと、そして人のために頑張る正を誇りに思うこと。悪態の一つでもっと考えたが、それを否定するかのようにただ明るく、優しい文書だけを書いていた。

 気を付けなきゃ、後ろ髪惹かれないように、気持ちよく送り出してあげないと。
 心の中にある、小さな気持ちとは違い、偽りの文書を目の前に、瞳から涙か滲んでいた。

 何を書いているんだろう? 本当の気持ちではない。彼の背中を押すような言葉。

 溢れ落ちる涙に、びんせんが汚れないようにするのも一苦労だ。
 鼻も垂れ、声も押し殺せない。作り笑顔で誤魔化すことさえも出来ないでいる。

 何年帰って来ないんだろう? 速く帰って来て、一人で待っていることに我慢出来ると思う? 出来ないわよ。幸せにしてよ。

 私はそんなことを思いながらも、正反対に応援する言葉を書き進める。

 この手紙を渡したら、もう戻れないのかな?

 そんな気持ちとは裏腹に、ヒトデのペンは滑るように動き続ける。
 そして最後に、頑張って行ってこいっと嘘を書くと、私はそのまま泣き崩れてしまった。