「それとこれなんですが、芝端さんから京子さんに渡すようたのまれたのですが」

 表に何も書いていない茶封筒を開けると、そこにはアート作品の募集と書かれたコンテストのチラシが入っていた。
 帰国してから待ち望んでいた内容。
 芝端君に以前、愚痴をこぼすように話したことが有ったが、彼はそのことを覚えていて教えてくれたのだろう。

 だがなぜだろう? 以前とは違いその喜びは、薄れていることを認識している。
 数か月間、この橘デザインに居るが、はたして思うように描くことが出来るのだろうか? 成長の無いまま、ヨーロッパのコンテストのように、同じことを繰り返すのでは?

 いや、そんな不安からでは無い。

 自分の進みたい方向、原点みたなものが、そこでは無いことに気づき始めたのかもしれない。

 そんな迷いを振り払うように、ヒトデのペンを見つめていた。

 そうだよ、茜と約束したじゃない。きっとコンテストも、レシピのイラスだって上手く行くはず。
 それに大丈夫。描きやすいこのペンが、私をサポートしてくれるわ。

 意気込みながらヒトデのペンを書類に当てると、今までにない不安が襲ってきた。
 慌てながら別の紙にペンを当ておもむろに線や、円を描くように描いていたが、紙にインクをうつすことはなく、鋭利なスジ跡だけが残っていた。

 うろたえる私に、先生が話しかけていた。

「どうしたの」

「ヒトデのペンが、インクが出なくなってしまったんです」

 弱気な声に、蘭も不安そうな表情で私を見つめている。
 守君は私に近づくと、ペンを手に持ち確認をしてくれた。

「今まで使用していたのですよね、分解出来ないのに今までインクが出ていたのが不思議ですね」

 我に返るように机の上のペン差しから鉛筆を抜き取ると、子供の頃から描きなれているチューリップを描いてみた。
 今までヒトデのペンがサポートしてくれたけど、自分でも喜べるものが、描けるだろうか?
 描きあがった物に違和感が有った。

 これは絵だ。ただバランスが取れているだけの絵だ。

 何百回も描いてきたのに、こんな感情は初めてだ。自分の描き上げたものに、愛情が感じられないでいる。

「綺麗に描き上げますねー」

 守君と蘭は感心するような発言をしていたが、先生は私の背中に手をそえると、なだめるかのように言葉をかけた。

「無理に焦らなくていいから、少し描くことは休みなさい。そうすれば自然にまた描きたくなるから」

 そう話してくれた先生の言葉だったが、その日から自信が持てなくなると、喜べるようなイラストを描き進めることが出来なくなっていた。

 何故だかヒトデのペンが冬に差し掛かり、草花のように力尽き果てたかのような、そんな印象を持ってしまっていた。