「えっ、ごめん、ちょっと待って。違う違う。凄く嫌なんだけど、どうしよう。遠いい場所? たまには会えるんでしょ?」

 慌て出る問いかけに、言葉に出すのが苦痛のように視線を合わせることはなかった。

「いえ、場所はドイツです。今度はいつ戻ってくるかわからないです」

「ドイツ? 遠いいじゃない。茜だけ日本に残るとか出来ないの?」

 次第に張り上げていく言葉に、心を痛めるように顔を歪め恐縮している。
 追い詰めるような態度をとった自分に、嫌気が差していた。

「ごめん。わがまま言っちゃって……でも、また会えるんでしょ」

「はい、また元気に……元気な笑顔で会えると思うのですが」
 
 茜は顔を下に向け、瞳を閉じたまま小さな声でつぶやいる。
 季節が夏に入ってから、茜の表情から笑顔が薄れていることに、今さらながら気付かれていた。

 きっとこのことを話すのに、一人悩んでいたのだろうか?
 作り笑顔も出来づにいた私だったが、失態を誤魔化すように、喋らずにはいられなかった。

「じゃあ、次合う約束しよう。何年かかっても、帰ってきたら絶対会う約束を」

 茜は「はい」っと返事を返したが、その声はとても小さく、口元を見ていなければわからないほどの声だった。
数時間前の浮かれた気分は消え去り、現実とは辛い問題の繰り返しのように思えた。
 伝えたかった楽しみの言葉を、今は悲しい気持ちで語っていた。

「あのね、茜。ペンタスが見つかったの」

 茜はそのことを知っていたかのように、小さくうなずいている。

「実は雨のあの日……うーうん、何でもない」 

 出会った日の話をしようと考えたが、 私は小さな期待を込め言葉を止めていた。
 別れ間近にそのことを話すよりも、再び有った時に笑い話のように会話が出来ればと思い、そのことは心に閉まっていた。

 茜はゆっくり私に視線を移すと、手に入れたぺんタスのことを聞いてきた。

「京子さんのペンタス。その子は何色ですか?」

「えっ、白く咲く……でも一つしか無いんだ」

 茜はこの日初めて、やさしい表情を浮かべていた。

「大丈夫ですよ、一つでも。……私が聞いた時は、一つでも願いを叶えてくれる花だったので。後から二つに話が変わってしまっただけです。お願い事してみたらどうですか? 京子さんの願いなら、きっとペンタスも叶えてくれますよ」

「うん、そうか。そうだね」

「京子さんの願い事は、以前話していた正さんのことですよね」

 その問いかけに、正直自分でもわからないでいた。
 自分の気持ちや、定が危ない場所に行くことを考えると、引き止めることは当然のように思える。
 ただそれを、代わりの人がすれば良いとか、現地の当事者に犠牲になってもらうなどとは、口が裂けても言えはしない。