神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

…一体、どれほど時間が経っただろう。

「…クロティルダ。大丈夫ですか」

その場に膝をつき、呆けていた俺に。

ケルビムが、そっと手を差し伸べてくれた。

だが、俺はその手を取ることは出来なかった。

代わりに、こう尋ねた。

「…終わったのか?」

世界の…人類の滅びは。

「…えぇ、終わりました」

「…そうか…」

全部…終わった、んだな。

人類が創り上げた「新時代の神」もろとも、全ての人類は死に絶えた。

世界は二つに分かたれた。…永遠に。

だが、俺はそんなことはどうでも良かった。

世界がどうなろうと、神がどうなろうと、知ったことではない。

俺の頭に有ったのは、一つだけ。

…ベルーシャは、全て分かっていたのだ、ということだ。

「ベルーシャは…全部、分かってたんだ…」

俺のことを。

俺がずっと…自分の心に嘘をついていたことを。

それが自分の役目だから。俺は天使だから。神の命令に従わなければならない。

自分に、そう言い聞かせていただけで。

本当は…俺は、ベルーシャに死んで欲しくなかった。

彼女を生贄になんてしたくなかった。

死なないでくれ、と言いたかった。

ずっと彼女と一緒に居たかった。

それが出来ないならせめて、一緒に逝きたかった。

ベルーシャを一人ぼっちにしたくなかったんじゃない。

俺が、ベルーシャに取り残されたくなかったんだ。

本当は泣いて縋りたかった。抱き締めて、一緒に泣きたかった。

俺も、お前に会えて幸福だったと…そう、伝えたかった。

それが、「大天使サンダルフォン」ではなく、「クロティルダ」の本当の気持ちだった。

偽らざる…本当の、心の声だった。

ベルーシャは全部分かっていた。

俺のそんな弱さを、心の痛みを、分かっていた。

だから、最後にあんなことを言ったのだ。

自分の本音を押し殺し、ひたすら自分の役目だけを果たそうとする俺に。

今度は、自分の心のままに生きて欲しい、と。

「…ベルーシャ…」

今更気づいて、どうなると言うのだ。彼女の高潔さに。

いつからか俺は、自分の心を殺してしまっていた。

天使としての役目を果たすこと。これだけが自分の価値だと思い込み。

生贄の選定をした。賽を振った。

本当はベルーシャに死んで欲しくなかったのに、一言もそう言わなかった。

仕方ないことだ、神が決めたことだ、と言い訳して。

ベルーシャは、死んだ俺の心に息を吹き込んでくれたのだ。

ベルーシャの強さに比べて、俺はなんと弱い存在だろうか。

自分がこんなに弱い存在だと、認めたくなかった。

…だが、もう全部終わったのに。

今更虚勢を張ることに、何の意味があるだろう。

「ベルーシャ…。我が姫、すまない…」

最後に残ったプライドも、全部かなぐり捨てて。

俺は、今更になって溢れる涙を拭おうともせず、両腕を抱き締めて、その場に崩れ落ちた。

「すまない…。ベルーシャ…許してくれ…」

「…クロティルダ…」

それを見たケルビムが、俺をそっと抱き締めた。