神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

生贄を捧げる儀式は、厳かに行われた。

俺の上司であるケルビム、そしてセラフィム、ソロネの三大天使が揃い。

そして、当然聖神ルデスもこの場に居合わせている。

祭礼服に身を包んだベルーシャは、たくさんの天使と、それから神に囲まれてもなお。

怯えることも、涙を流すこともなかった。

その姿は凛々しく、美しかった。

俺はその姿を見て、どんな顔をしていたのか。

ベルーシャが、凄く遠くにいる存在のように思えた。

こんなにすぐ近くにいるのに。

…いや、実際彼女はこれから、遠い存在になるのだ。

二度と、決して、会うことは出来ない場所に行く。

頭では理解しているのに、とても実感が湧かなかった。

「…ベルーシャ…。…我が姫…」

俺はベルーシャの姿を見つめ、そう呟いた。

彼女が行こうとしている。

俺の手の届かない場所に。

それなのに…何故、俺は何も…。

「…クロティルダ」

ケルビムだった。

俺の上司であるケルビムが、俺に声をかけてきた。

「行ってあげてください、傍に」

「何…?」

「彼女の為でもあり、あなたの為でもあります。…どうか、最後の瞬間まで共に」

「…」

俺の心の内が酷く乱れていることに、ケルビムは気づいたのだろうか。

俺の気持ちも。…ベルーシャの気持ちも。

俺は、今まさに祭壇に向かおうとするベルーシャの隣に、寄り添うように立った。

「…我が姫。…大丈夫か?」

「…くろてぃる…」

ベルーシャは顔を上げ、こちらを見つめた。

…大丈夫か、なんて。馬鹿げた質問だ。

大丈夫でも、大丈夫じゃなくても、これから起こる運命は変わらないのに。

「…!何を勝手なことを…」

生贄に同情するような行為を、他の天使達は許さなかった。

しかし。

「自由にさせてあげてください」

ケルビムはきっぱりと、そう告げた。

「運命は変わりません。だから、どうか最後まで傍に…」

…ケルビム。

…感謝する。

「…怖くはないか、我が姫」

「うん。怖くないよ」

…そうか。

「クロティルダ…。私、クロティルダには感謝してるんだよ」

「何を…」

突然、最後にそんなことを。

「私の傍にずっと居てくれてありがとう。クロティルダに会って、私はようやく私になれた。本当の…ベルルシア・アンジュリカになれたんだ」

「…何故…」

「?」

「何故、笑える…?」

もう、終わりなのに。

これから終わるのに。何もかも。

何故…最後まで、お前は笑って…。

するとベルーシャは、あの微笑みを浮かべて答えた。

「幸せだったからだよ。だから笑ってるの。君と会ってからずっと、私は幸せだった」

…幸せ。

こうして、人間の生贄として死ぬことが、お前の幸福だったというのか。