神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

その日の夜を、どんな風に過ごしたのか…俺は覚えていない。

…と、言えたら、まだ傷も浅く済んだのだろうが。

俺は忘れなかった。彼女と過ごした最後の夜、その一分一秒を忘れていない。

ベルーシャと交わした言葉。その笑顔を。

ベルーシャは泣かなかった。決して。

ずっと微笑んでいた。まるでその表情は、人生で辛いことなんて何もなかったかのようだった。

こんな風に…自分の人生が終わろうとしているのに。

ベルーシャの、最後の夜。

それはすなわち、今を生きる人類の最後の夜でもあった。

そしてそのことを、俺とベルーシャ以外、誰も知らない。

果たして、どちらが幸せだろう。

明日全て終わると分かっていて、後悔しない夜を過ごすか。

それとも、自分達の運命が終わることを、最後の一秒まで知らずに、いつも通りの夜を過ごすか。

いずれにしても、時間は平等に過ぎていく。

このまま永遠に、夜が明けなければ良いのに。

それでも無情に時間は過ぎる。人生の砂時計の、残り僅かな砂粒が落ちていく。

最後の夜が明ける。




「…朝日だ」

白み出した空に、地平線から少しずつ、太陽が顔を覗かせ始めた。

…あぁ。

もう、タイムリミットか。

ベルーシャにとっては、人生最後の夜明け。

「…綺麗だね」

共に見た最後の夜明けを、ベルーシャは噛み締めるように眺めていた。

「本当に…綺麗」

…そうだな。

皮肉なくらい、美しい。

今日世界が終わるなんて、誰が思えるだろうか。

一瞬たりとも見逃さないよう、夜明けを見つめるベルーシャに。

俺は何も言えなかった。言うべき言葉など、何もなかった。

ただ、柔らかくて温かな彼女の手を、ぎゅっと握っていた。

この手を離さずにおけば、彼女が死なずに済むとでも思ったのだろうか。

そんなはずはないのに。





俺は、最後の朝を迎えたベルーシャと共に見たこの時の夜明けを、生涯忘れることはないだろう。