神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

「私は死ぬことは怖くない。…忘れられることの方が、ずっと怖い」

…あぁ。

ベルーシャは…ずっと、そう言っていたな。

「だから、クロティルダは死なないで。ずっと生きてて。私のことを忘れないで」

「…ベルーシャ…」

「そうすれば、君が生きていてくれる限り、私は死なないから。私はクロティルダの記憶の中で、永遠に生き続けることが出来る…」

だから、怖くないと?

死ぬことなんて怖くないと…お前はそう言うのか。

「お願い、クロティルダ。私のこと忘れないで。ずっと…忘れないでね」

敵わない。

俺はそう思った。

ベルーシャは人間なのに、ちっぽけな、一人の…ただの人間、のはずなのに。

天使である俺よりも、神である聖神ルデスよりも、ずっと気高く、美しく、高潔な存在だった。

見ると良い。世界も、人も、神も。

これが、死を覚悟し、世界の為に犠牲になることを決めた少女の顔だ。

「…分かった。約束する」

「ほんと?」

「あぁ…。絶対に忘れない」

俺という存在が、この世界から消えてしまう瞬間まで。

俺は決して、ベルーシャのことを忘れない。

この美しい少女のことを、決して。

ベルーシャが少しも狼狽えていないのに、俺が一人で取り乱す訳にはいかなかった。

「…俺に、何か出来ることはあるか?」

彼女に残された、人生の最後の時間で。

俺に何か出来ることがあるなら、何でもしてやりたかった。

ベルーシャが…そして、俺が…後悔しないように。

…しかし。

「ううん…。もう、良いの」

ベルーシャは、俺に何も要求しなかった。

…無理もないのかもしれない。

明日死ぬと分かっているのに、今更やりたいことなどあるだろうか。

俺は、ベルーシャとの約束を思い出した。

「…散歩は」

「え?」

「散歩は…もう、良いのか」

約束したじゃないか。行こうって。

…でも、ベルーシャは静かに、首を横に振った。

「うん…もう良い」

「…」

「もう良いの…。…でも、クロティルダがもし、一つだけお願いを聞いてくれるなら…」

「何でもしよう」

俺は食い気味にそう答えた。

少しでもベルーシャの慰めになるなら、何でも…。

「…今夜は、一緒に居てくれる?朝まで…ずっと、一緒に」

…そんなことで良いのか。

人生最後の夜だぞ。…もっと、やりたいこととか、見たいものもか…欲しいものとか。

あぁ…でも。

どうせ明日死ぬのなら、もう何も欲しくない。

ベルーシャは今、そんな気持ちなのだろう。

ならば俺に出来ることは、この憐れな少女の最後の願いを聞いてやることだけ。

「…分かった。お前の望むようにしよう」

「ありがとう」

ベルーシャは、微笑んでみせた。