神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

―――――…ベルルシア・アンジュリカ…通称ベルーシャは、不思議な人間だった。

賽が彼女を選んだのは偶然のはずだが、もしかしたらこれは、必然だったのではないか。

そう思ってしまうほど、彼女は不思議な…運命的な人間だった。

賽の目が彼女を選んだ後、俺は地上に降り、彼女の家族を殺した。

帰る場所をなくす為だ。

当時、まだ幼い少女だったベルーシャを、いきなり天界に連れてくれば。

当然帰りたがるだろうし、家族が恋しくもなるだろう。

だから俺は、非情な選択をした。

彼女の家族を殺し、家を焼き、帰る場所をなくした。

そうすれば必然的に、ベルーシャは天界に留まらなければならなくなる。

そんなことをすれば、彼女は当然、俺を憎むだろう。

憎まれても良いと思っていた。

いや…むしろ、憎むべきなのだ、彼女は。

その権利がある。奪われた者として、当然の権利が。

罪を犯したのは人間であって、彼女ではない。

彼女は「自分も人間だ」と言うし、それはその通りなのだが。

彼女は新時代の神、とやらの研究はしていない。彼女の両親はしていたようだが。

それどころかベルーシャは、幼い頃自分の魔導の力を封じ込められてしまったせいで。

元々持っていたはずの魔導の才能を、ほとんど失っていた。

彼女の言い方をすれば、「Dランク適性の魔導師」だ。

…まぁ、本当の彼女は、Sランク…どころか、SSSランクくらいはある、特別な魔導師なんだが。

ともかく、彼女は新時代の神の研究なんてしていない。

それどころかベルーシャは…敬虔にも、神の存在を信じ、認めていた。

かつて、病気で死にかけた自分の命を救ってくれたのは、他でもない神たる存在なのだと…そう信じていた。

こんな敬虔な少女を、人間の為に犠牲にするなんて。

なんという皮肉な話だろう。

俺は憎まれて当然だった。何の罪もない彼女に、残酷な運命を突きつけてしまった。

神には神の、天使には天使の、そして人間には人間の都合がある。

それを押し付け、無理矢理、生贄として世の為人の為に死んでくれ、なんて。

ベルーシャは拒否するだろうし、そんなの嫌だ、と泣き喚いても、無理もなかった。

それなのに、ベルーシャは一度も、自分の運命を嘆いたりしなかった。

理不尽を押し付けた俺という存在を、決して憎まなかった。

俺の記憶の中にあるベルーシャは、いつも笑っていた。

優しい笑みを浮かべていた。その手はとても温かかった。

まるで天使のようだ、と俺は思った。

…天使なのは、俺なんだが。

でも、人間であるベルーシャの方が、ずっと天使のように見えた。

救いと、慈愛の天使。

彼女はまさに、人類の罪を清算し、世界の未来を救う救世主だった。

もしもこの世界の歴史に続きがあれば、彼女の献身を称え、生贄となった彼女を崇拝するだろう。

だけど、この世界に最早、未来はない。

世界は二つに分かたれる。彼女の命によって。

誰も彼女のことを知らない。世界の為に、世界と共に犠牲になった彼女のことを。

その偉業が称えられることはない。誰からも忘れられ、なかったことにされ、消えていく…。

俺に言わせれば、新時代の神を創ることよりも…こちらの方が、余程重い罪のように思えた。