神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

それから私は、天界にあるお城で過ごした。

そこには、私とクロティルダ以外、誰もいなかった。

静かなその場所で、私は生贄に捧げられる日を待っていた。

だが、決して閉じ込められていた訳じゃない。

クロティルダは私を閉じ込めなかった。部屋には鍵すらついていなかった。

監視も、警備も、何もなかった。

私は自由に部屋の中を行き来出来たし、中庭に出ることも出来た。

望めば、玄関先から堂々と出ていくことだって可能だった。

だけど、私はそうしなかった。

自ら閉じ込められているかのように、ひたすら、部屋の中にじっと閉じこもっていた。

…何故か?

出ていっても、帰る場所がないからだ。

クロティルダが私をここに連れてくる時に、私の家族を殺したことは正解だった。

逃げるという行為は、他に行く場所が、帰る場所がある者が行う行為だ。

私の家族は、私の帰るべき場所は、もうない。

お父さんも、お母さんも、妹も…お母さんのお腹の中にいた弟でさえも、死んでしまった。

ここを出ていっても、私には帰る場所なんてない。

だったら、何処に逃げれば良いのか。

必然的に、私は逃げ出すこともせず、大人しくお城の中に留まっていた。

…それに、仮に帰る場所があったとしても、ここは天界なのだ。

どうやって逃げれば良いのか分からない。

私は部屋の中で、ずっと考えていた。

今頃、私の家はどうなってるんだろう、って。

家族の遺体はどうなったんだろう。誰かが気づいてくれたんだろうか?

近所の人とか…。お父さんとお母さんの職場の人とか…が、見つけてくれただろうか。

もし誰かが遺体を見つけてくれたのだとしたら、最初に見つけた人はショックを受けただろうな。…申し訳ない。

一面の血の海を見て、どう思っただろう?

そして、家族の中で一人だけ遺体が見つからなかった私のことを、どう思うだろう。

私の行方を、誰かが探してくれているんだろうか?

私がいなくなったことを、学校のクラスメイト達はどう思っているのだろう。

私を心配してくれているだろうか?

それとも、学校の厄介者がいなくなってせいせいしたと、喜んでいるだろうか。

そもそも…彼らは、まだ私のことを覚えているだろうか。

私のことなんて、私の存在なんて、とっくの昔に忘れて。

彼らは彼らの、変わらないいつもの日常を生きているのだろうか…。

…分からない。

いずれにしても、世の中の大半の人々は、私がいなくなったことに何の関心も抱いていないだろう。

それだけは確かだった。

この世には、至る所でたくさんの悲劇が起きている。

私がこうしている今も、私よりもっと残酷な目に遭わされた人達がたくさんいる。

私だけが、特別に不幸なんじゃない。

そう思うと、私がこうして悩んでいることは、凄く馬鹿馬鹿しいことのように思える。

天界のお城で、私は日がな、そんなことばかり考えていた。

不思議なことに、相変わらず、涙は出なかった。

悲しいとは思わなかった。

世界に理不尽に降り注ぐ不幸の雨が、たまたま私を濡らしたからと言って。

一体、誰を恨むことが出来るだろう。

私は窓の傍に椅子を置いて、そこに座り。

ひたすらそんなことを考えながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。

…すると。

「…何を考えている?」

背後から声がして、振り向くと。

そこには、クロティルダがいた。