神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

そりゃあ中には、話が分かる良い幽霊もいるかもしれないけど。

幽霊っていうのは基本的に、世の中に恨みを持って、死後もこの世を彷徨ってるんだろ?

ましてや、この部屋に出てくる霊は、以前の住人の気を狂わせた悪霊なんだぞ。

悪いものじゃないはずがない。

現に、こうして不気味な音を立てて、俺達を怖がらせている。

「くそっ…。音を立てるだけじゃなくて、はっきり姿を見せろよ…」

毒づきながら、俺は暗い室内を改めて見渡した。

…その時。

ミシッ、ミシッ、という足音が、突然やんだ。

…あれ?

「…おばけ、いなくなっちゃった」

「…何だよ…。やめろよ。突然止まったら、それはそれで不気味だろ」

ホラー映画だったら、次の瞬間何かが現れる展開だぞ。

そんなあるある展開に、リアルで陥ってたまるか。

しかし。

ミシッ、という音の代わりに。

今度は、微かな水音が聞こえた。…気がした。

ぴちょん、ぴちょん…って。雫が垂れる音が。

…今度は水?

俺は、音のした方…台所の方を見つめた。

…ヤバそうなフラグが立ってる気がする。

「…ジュリス?どうしたの?」

「お前、今聞こえなかったか…?台所から…?」

「おばけ出たの?」

ちげーよ。水滴の音。

「良いか、ベリクリーデ…。何が出てきても落ち着いて対処しろ。決して慌てるなよ」

「私、全然慌ててないけど」

そうだった。慌ててるのは俺だった。

畜生。これだけ長く生きてきて、幽霊なんぞに今更びびってたまるか。

出てくるなら出てきやがれ、というクソ根性のもと、台所に向かう。

案の定、シンクの蛇口から、ぽたり、ぽたりと水滴が滴っていた。

蛇口に触ってみると、昼間、確かに締めたはずの蛇口が、いつの間にか緩んでいた。

…そういや、今朝もそうだったな。

ってことは、昨日の夜も、同じような現象が起こっていたのか。

疲れ過ぎて爆睡してたせいで、気づかなかっただけで。

改めて、俺は蛇口をしっかり締め直した。

物音だけ、水滴を零すだけ…。回りくどい真似しやがって。

出てくるなら堂々と出てこいと、何回言ったらわかっ、

「…!?ベリクリーデ、どうした…?」

台所から、寝室代わりにしていた居間に戻ると。

ベリクリーデが、明後日の方向をじっと見つめていた。

その視線の先には、何もない。ただ壁があるだけの空間を。

じーっと、何かに魅入られているかのように。

「ベリクリーデ、ベリクリーデっ…どうしたんだよ?何かいたのか?見えたのか?」

「…」

何で返事しないんだ?何で微動だにしないんだ?

足音が聞こえてきたことより、蛇口から水が滴っていることより。

ベリクリーデが返事をしないことに、俺は爆発しそうなほどの恐怖を感じた。