神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

振り向くと、そこには背の高いお兄さんが立っていた。

白っぽい光が覆っていて、顔は見えなかった。

だけど…今の、この声…。

「何処に行くんだ?」

お兄さんが再度、私に尋ねた。

「…あっちに行くの」 

私は、赤い光の方を指差した。

「なんで?」

「だって…あっちに、誰かいるかもしれないって…」

あの当時私はまだ2歳で、しかも、元々私は口数の少ない子供だった。

だけど、今だけは信じられないほど、私は饒舌に喋っていた。

「だから、あっちに行くの」

「そうか…。…でも、それはやめておけ」

え?

「向こうに行くのはまだ早い。向こうには、お前のお父さんもお母さんもいないよ」

いない?

お兄さんは、確かに、お父さんもお母さんも向こうにはいないと言った。

「じゃあ、何処にいるの…?」

「向こうだよ」

と言ってお兄さんは、赤い光とは真反対の、真っ暗闇を指差した。

私は、思わず後退りした。

暗闇の中を進んでいくのは怖かった。

仮に、向こうでお父さんとお母さんが待っていたとしても。

「だから、歩くなら向こうに行け」

「…やだ」

「どうして?」

「怖いから…」

宛のない暗闇を歩いていくなんて、嫌だ。

それに、この人が言う通り、本当に向こうに両親がいるとは限らないじゃないか。

もしかしたら、本当はやっぱり、あの赤い光の方にいるんじゃないのか。

…だけど。

「そうか。それなら、一緒に行こう」

「…え…?」

お兄さんは、そっと自分の手を差し出した。

私は差し出されたその出を、じっと見つめてしまった。

「俺が一緒に行くから。一緒に、向こうに戻ろう」

「…」

知らない人についていっちゃ駄目、ってお母さんは言っていた。

…だけど。

この人は、嘘をついていないと思った。

この人は信用出来るって。

何故だか分からない。根拠はないけど…そんな確信があった。

「…うん」

私は、差し出されたその手を取った。

温かかった。

お父さんよりも、お母さんよりも、他の誰よりも、その手は温かかった。

その優しく、温かな手が、私を導いてくれた。

私と一緒に、果てない暗闇の中を歩いてくれた。

そのまま、一体どれほど歩いただろう。

「ほら、見えてきたぞ」

「あ…」

先程まで、真っ暗で何も見えなかった。

それなのに、今は…目指す先に、白く、淡い光が見えた。

さっきの赤い光よりも、ずっと優しい光。

「さぁ、このまま真っ直ぐ進むんだ」

お兄さんは、私の手を離してそう言った。

手を離されてしまったことに、一抹の寂しさを覚えつつ。

私は、相変わらず白いモヤに包まれたお兄さんの顔を見上げた。

「…お兄さん…。お兄さんは一緒に来ないの?」

一緒に来れば良いのに。あの光の向こうに。

いや…私が、一緒に来て欲しかったのだ。

このお兄さんだったら、信用出来ると思ったから。