神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

「…魔法?」

「うん、魔法。…特別な魔法だよ」

…ほう。それはそれは。

「良いだろう」

どんな魔法かは知らないが、出来ることならば何でもしてもらって構わない。

炎魔法だろうか、それとも風魔法だろうかと考えていると。

「…えいっ」

という掛け声と共に「彼女」は、俺に向かって両手を突き出した。

…。

…そのまま、1分が経過。

今のところ、何の変化も見られない。

「…何か変わったか?」

失敗か。失敗したのか?

「うん、変わったよ」

「…?」

自分の身体を見下ろすも、特に何か変化があるようには見えない。

「…何の魔法をかけたんだ?」

「私のこと忘れない魔法」

と、「彼女」は答えた。

忘れない…魔法?

「クロティルダが私のことをずーっと忘れないように、魔法をかけたの」

「…俺が…?」

「うん」

…本当にそんな魔法をかけられたのか。俺は。

と言うか、そんな魔法は聞いたことがないのでが、本当に実在するのか。

「何故、そんなことをする?」

「だって…。私、忘れられたくないから」

「…」

「人間が死んでしまう時って、命がなくなる時じゃなくて、誰からも忘れられてしまうことだと思うの」

成程。そんな意見を聞いたことがある。

「私が死んで、何年もしたら…。…ううん、何年も覚えててはもらえないよね。きっと数日…数時間経ったら、私のこと忘れちゃうはずだから」

…さすがに数時間では忘れないと思うが。

「誰からも忘れられたら、私は二度も死んじゃうでしょ」

「…」

「死ぬのは怖くないの。だけど、忘れられるのは怖い。私が死んで…忘れられて…最初からいなかったことになって…。それは凄く…。…凄く、怖いの」

「…そうか」

怖い、か。

「彼女」が自ら怖いと打ち明けたのは、初めてだった。

「だけど、私が死んだ後も誰かが私のことを覚えていてくれたら…。そうしたら、私は死ぬことはない。永遠に、誰かの記憶の中で生き続けることが出来る。…そうでしょ?」

「…そうだな」

本当は、俺には分かっていなかった。

俺は人間ではない。だから、人間の気持ちは分からない。想像するしかない。

それでも、俺は彼女に同意した。

否定してはいけないと思ったからだ。

…死の恐怖に怯える「彼女」を、見たくなかったから。

「だから、クロティルダに魔法をかけたの。私を忘れない魔法」

「…」

今のところは、俺は「彼女」のことを忘れていない。

魔法をかけられるまでもない。

何せ、目の前にちゃんといるのだから。忘れようと思っても忘れられない。

だから、本当に「彼女」の魔法が効いているのかどうか、今の段階では分からない。

もし効いていなかったとしても、忘れてしまったなら、いずれにしても思い出すことは出来ないだろう。