神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

…と、意気込んだまでは良かったのだが。





「はぁっ…はぁ、はぁ…」

俺は片手で床に手をつき、もう片方の手に『魔剣ティルフィング』の柄を握り締めていた。

ここは、聖魔騎士団魔導部隊所有の稽古場。

手合わせの為に、この場所を借りさせてもらったのだが…。

…肩で息をするのを止められない。汗がしたたり落ちて気持ち悪い。

全身の筋肉が悲鳴を上げているようだ。

疲労のあまり、足腰が立たなくなってきた。

…そうだというのに。

「…」

クロティルダは、涼しい顔をして俺の前に立っていた。

俺が汗だくだったのに、クロティルダは汗一粒かいていない。まだまだ余裕、という表情だ。

…そうだろうよ。あれだけ一方的な試合展開だと。

…やっぱり、天使の手合わせなんて受けなきゃ良かった。

俺、良いカモじゃないか。

クロティルダは圧倒的だった。あまりにも強かった。

俺がこれまで戦った相手の中で、間違いなく一番強かった。

さながら、子供と大人の戦い。

…これほど圧倒的な差をつけられてしまうと、さすがに惨めなんだが?

相手が人間ではないにしても、もう少し食い下がれると思ったんだが…。

俺にとって虎の子である、『魔剣ティルフィング』を使ってもこれなんだぞ。

手も足も出ない、とはこのことじゃないか。

俺だって、勝てると思ってた訳じゃねぇ。

腐っても、相手は天使なんだからな。

まさか、ここまで実力に差があるとは…。

「…畜生…。悪魔かよお前は…」

天使だと分かっていても、そう呟かざるを得なかった。

「…そろそろやめにしよう」

クロティルダは余裕の表情で、手に持っていた蛇腹剣を消した。

おい、ちょっと待て。何だそれは。

「おい、勝ち逃げするんじゃねぇよ」

ここまで良いようにやられて、それで引き下がれるか。

「いや。もう充分だ」

「何がだよ」

「もう充分に証明してもらった。…落ち込むことはない。人間にしては強かったぞ」

「…こんなこてんぱんにやっといて、よく言えたもんだな」

皮肉にしか聞こえねぇよ。

「お前になら任せられる、ジュリス・レティーナ。…お前のその強さがあれば」

「…クロティルダ。お前、俺に何を期待してるんだ?俺に何をさせたい?」

「…何も」

…嘘つけ。そんな意味深な言い方して、何も無いなんてことはないだろ。

「ただ、もし我儘を聞いてくれるなら…これからも、ベリクリーデ・イシュテアの傍に居てやってくれ」

「あ?…何で今更?」

そんなこと、わざわざお前に言われなくても。

…何で。