神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

鼻の奥から、なんか生暖かいものが、どっと込み上げてきた。

思わず手で押さえると、ぬるっとした赤い血が手のひらについた。

「うぉえ、鼻血っ…!」

顔面埃まみれ、の上に、鼻血まみれだなんて。

「キュレムさん、ちょっと一旦降りましょう」

「お、おぉ…」

ルイーシュに梯子を支えてもらい。

よろよろと、手負いの動物のように梯子を降り。

そのまま、バタッ、と床に膝をついた。

「いってぇぇぇ…!」

「大丈夫ですか?」

鼻。鼻折れたんじゃね?

こうしている間も、俺の頭上の天井裏で、ネズミ達がちょろちょろ走り回っている音がする。

畜生。あいつら、人間様を嘲笑ってやがる。

今頃奴ら、「今のアイツ、見た?」「見た見た。人間ってマヌケだなw」「俺等の方が賢いじゃんw」とか言ってんだろうさ。

今に見てろよ…ネズミ共め。

「はいキュレムさん、ティッシュ」

「おぉ…。…すまん」

俺はティッシュを3枚くらい一気に取り出して、埃まみれの顔面を拭いた。

それから、口の中にまで入り込んだ埃を、ぺっぺっと吐き出し。

ついでに、ティッシュを丸めて鼻の奥に突っ込んだ。

これで良し。

鼻にティッシュを詰めた、何とも情けない姿である。

すると。

「あのぅ…」

ぎくっ。

和室の襖を、そーっと開けて。

腰の曲がったおばーちゃんが、心配そうな顔でこちらを見ていた。

「どっ…。どうしたんだ?ばーちゃん…。もう寝たのかと…」

「いえ…。寝ようと思ったんですけどね…。何だか凄い音がしたもんだから…」

「…」

…ごめん。それ俺だわ。

俺が顔面ダイブした音だわ。

ごめんな、起こして。奥さんや子供達も目が覚めちゃったかも。

つーか、相変わらずネズミの走り回る音も消えてないし。

「ご、ごめん…。何でもないんだ…」

「本当に…?何だか…凄い顔になってますけど」

…俺のことだよな?

「大丈夫ですよ、おばあさん。キュレムさんは元からこんな顔ですから」

と、ルイーシュがおばーちゃんを宥めた。

「そ、そうですか…?」

「えぇ、そうです。だから心配せず、向こうで休んでてください」

「…そこまでおっしゃるなら…」

まさか、「ネズミ相手に完全敗北しました」とも言えず。

おばーちゃんは襖を閉めて、立ち去っていった。

…で、残された俺とルイーシュ。

「…どうする?ルイーシュ。俺達多分、めっちゃ役立たずだと思われてるぞ」

「国民の税金で暮らしておきながら、ネズミの一匹も退治出来ないのか。情けない!…とか思ってるかもしれませんね」

おいやめろって。めっちゃリアルに想像しちゃったじゃないか。

「何とか名誉挽回しねーとマズいぞ。俺はそりゃポンコツ魔導師だから別に良いけど、俺のせいで聖魔騎士団の評判まで落ちたら…」

他の魔導師の皆さんに、申し訳が立たない。

「作戦を変えた方が良さそうですね」

「…だな」

見てろよ、ネズミ共。

今日は確かに無様に敗北したが、明日こそは。

人間様の恐ろしさってものを、思う存分味わわせてやる。