神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

驚いて、窓の方を見ると。

黒装束の令月が、ヤモリみたいにベタッ、と窓にくっついていた。

その背後からは、糸で自分の身体を吊った、同じく黒装束のすぐりが。

俺でさえ、思わず悲鳴をあげるところだった。

が、シルナはビビリなので。

「ぴぎゃぁぁぁぁ!」

凄まじい悲鳴をあげていた。

お前、今喉を痛めてるんだから叫ぶなって。

…しかし、その気持ちは分かる。

「風邪薬、作ってきたよ」

「俺も良いもの持ってきたよー」

俺とシルナをこんなにもビビらせたというのに。

その張本人である令月とすぐりは、平然とシルナの寝室に入ってきた。

こいつら、影も足音もしないもんだから、余計怖いんだよな…。

そして、その二人が入ってきた瞬間、俺は思わず鼻を押さえた。

「うっ…!?」

な、何だこの匂いは。

何だろう。凄く…その、なんて言うか。

めちゃくちゃマズい漢方薬みたいな匂いがする。

おぇっ…。

何かと思ったら、発生源は令月が片手に持っている、大きな湯呑み。

あ、あれは一体。

しかも、令月、お前…。

「…頭に葉っぱがついてるぞ」

令月の頭や、着ている黒装束は、落ち葉や枝や、土汚れが付着していた。

「うん。ちょっとそこの山に行って…薬草を取ってきたから」

「…そうか…」

なぁ令月。知ってるか?

そんな努力しなくても、学院の近くのドラッグストアに行けば、風邪薬が売ってるんだぞ。

「ルーデュニア聖王国の山はまだ慣れない上に、途中、クマに会ったりしてちょっと手間取っちゃった。遅くなってごめんね」

「あぁ、いや、別に…。…って、クマ…!?」

お前、今聞き捨てならないことを言わなかったか?

「心配しなくても、麻酔針で眠らせてきたよ?」

「そ、そうか…」

けろっ、としている令月。

どうやら、心配をしなきゃいけないのは令月じゃなく、その令月と相対してしまったクマの方らしいな。

「はい、これ。摘んできた薬草を煮出して作った薬湯。これ飲めば風邪なんてすぐ治るよ」

令月は、シルナの前に湯気の立つ湯呑みを差し出した。

「ひぇっ…」

そのあまりに凄まじい異臭に、シルナは顔が真っ青になっていた。

…あれはやべぇよ。

湯呑みの中を、俺は横から恐る恐る覗いたが。

そこには、濃い抹茶のように、深い緑色のドロッとした液体が、並々と入っていた。

うわぁ…。

近づくと、余計鼻が曲がりそうな異臭が襲い掛かってくる。

「む、む、無理。無理だよ。飲めないよこんなの。人間の飲み物じゃないよ!」

シルナは掠れた声で、そして涙目で、必死にそう訴えた。

俺もそう思う。めちゃくちゃそう思う。

「大丈夫だよ。あんまり美味しくはないけど、凄く身体に良いから」

その匂いからして、「あんまり」程度じゃないだろ。

「超ド級に」の間違いじゃないか?

ましてや、甘いもの好きのシルナにとっては、あんな見るからに苦そうなもの…。

恐らく、一番の天敵であるに違いない。

泥まみれになりながら、わざわざ薬草を採ってきてくれた令月には悪いが。

そして、そのとばっちりを受けて、令月の麻酔針で眠らされたクマにも悪いが。

さすがに、この「風邪薬」は勘弁して欲しい。