神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

事の発端は、前日。

俺はその時、学院長…シルナに用事があった。

イレースに、来年度の授業計画書を渡されたから、それをシルナに見せようと思って。

で、俺は学院長室を訪ねた。

「入るぞ、シルナ。ちょっと見てもらいたいものが…」

「…はー…」

…?

学院長室のシルナは、いつになくしょんぼりと落ち込み。

大好物のチョコレートを摘む手も、非常にゆっくりだった。

「…はー」

と、深々と溜め息をついたかと思えば。

テーブルの上のチョコの箱から、チョコを一粒摘んで、ひょいっ、と口に入れる。

「もぐもぐ…」

…。

…食ってる。

そして、また改めて。

「…はー…」

大きな溜め息をつく。

…ふーん。

「…と思ったけど、また日を改めることにするよ。それじゃ」

「待って!羽久、何事もなかったように立ち去ろうとしないで!ねぇぇ!」

くるりと踵を返し、部屋を出ていこうとしたら。

シルナが、半泣きでしがみついてきた。

ちょ、離れろ馬鹿。

「何なんだよお前は?良い歳して、これ見よがしに構ってちゃんしやがって」

良いか、構ってちゃんが許されるのは、小さい子供だけだ。

ましてやそれをおっさんがやろうものなら、気持ち悪くてとても構っていられない。

大体、落ち込んでようがなんだろうが、チョコ食べる元気があるなら大丈夫だろ。

しかし、シルナは涙目で。

「お願い、羽久。相手してよぅ。誰も相手してくれなくて悲しいの!切ないの!」

と、縋ってきた。

そりゃそうだろ。誰だって、おっさんの構ってちゃんの相手してる暇はねぇっての。

これ以上ない時間の無駄遣い。

「羽久が、私に失礼なことを考えてる気がする…!」

「…良いから。用件があるならさっさと言えよ」

仕方ないから、相手してやるけどな。

俺だって、好きで相手してやる訳じゃないから。内心、今すぐ職員室に戻りたいと思ってるから。

厄介な相手に捕まってしまったもんだ。

「用件も何も…。…そんなの決まってるでしょ?」

は?

「憂鬱でしょ?嫌だなーって思うでしょ?」

「…何を?」

…なんかあったっけ?

「明日だよ!明日の!健康診断!」

「…あぁ…」

シルナに言われてから、ようやく思い出した。

そういや、明日から健康診断なんだっけ。

二日に分けて、イーニシュフェルト魔導学院の教師と生徒が全員受けることになる。

毎年恒例の健康診断が、明日に迫っているのである。