神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜

『門』を潜るなり、私はどぼん、と滝壺に飛び込むように水中に投げ出された。

ほわぁ。ふわ〜ってする。

私、泳げたっけ?覚えてないや。

がぼぼぼぼ。

私は水の中であわあわしてたけど、一緒にいた天使さんは、全然慌てていなかった。

「落ち着け。溺れはしない」

「がぼ?」

「よく周りを見渡してみろ」

…ぐるり。

すーっ、っと息をしてみたけど、口の中に水が溢れるようなことはなかった。

あれ…?

水の中なのに、水の中じゃないみたい…?

「あー。あー。まいくてす、まいくてす」

おぉ、凄い。声も出せる。

水の中で声を出したら、ごぼごぼって鳴るだけで、声、出ないはずなのに。

「すごーい。水の中だ」

くるくる。

息の出来るプールの中で遊んでるみたい。楽しい。

「でも、何で水の中でお喋り出来るの?」

「それは、ここが冥界だからだ」

へぇ〜。…冥界…。

…冥界。

思い出した。羽久と一緒に、竜の祠、って場所を探しに来たんだ。

「でも、冥界って凄く危ない場所だって、ジュリスが言ってたよ」

「そうか」

「勝手に来ても良いの?」

帰れなくなっちゃったら困るよ。

二度とジュリスに会えなくなったら、凄く困る。

多分泣いちゃう。

しかし、その点は問題なかった。

「問題ない。帰り道は保証しよう」

だって。

じゃあ良かった。安心して、水の中でくるくるしよう。

「わーい。ごぼごぼ〜」

と、息を吐きながら遊んでいたのだが。

唐突に、首根っこを掴まれた。

「ほぇっ」

「静かに。どうやら嗅ぎつかれたようだ」

嗅ぎつかれた?

天使さんは、水の中でも関係なく器用に移動し。

海底に沈んだ瓦礫の隙間に、すっ、と身を隠した。

「どうしたの?」

「あれだ。…見えるか?」

「ん〜…?」

天使さんの指差す先を、じーっと目を凝らして確かめる。

ここ、暗くて、遠くがよく見えない。

でも、よくよく目を凝らすと見えてきた。

「…大きい魚がいる」

「あぁ」

「人の顔した魚だ…」

凄い。初めて見た。

下半身はお魚なのに、顔だけ人間。

鋭い牙と鋭い目が、暗がりの中でもギラギラしているのが分かる。

知ってるよ、私。あれ。

「人魚姫って言うんでしょ?」

「人魚…姫ではないが、人面魚だな」

じんめんぎょ?

「おっきいから、捕まえてお刺身にしたら美味しいだろうね」

「そうだな」

きっと、聖魔騎士団のみんながお腹いっぱいになれるよ。

ここが冥界じゃなかったら、捕まえて帰ったのになぁ。