ミーコの願い事

 背中を向けたミーコが壁となり、何をスケッチしているのか見えません。
 アパートに帰宅してから、なにやら運んでいるのは知っていたのですが、私は疑問に思い尋ねてみました。

「今日は夢中だね、何を描いているの」

 ミーコは立ち上がり、振り向きながら指を差しました。

「これ」

 その先には、形の整ったチューリップのお花が描かれています。

「素敵。どうしたのこれ? あっ森川さん?」

 そこに描かれたチューリップは、植木鉢を少し斜め上から、花びらは雄しべと雌しべを守るかのように、包み込むように描かれています。

 葉は細く長く、重みのある花びらを支える茎は、少し反るように描写されています。

「やっぱ森川さんは絵が上手だなー、ミーコいつ描いてもらったの?」

「お母さんがトイレに行ってる時、最初はスギタに描いてって言った」

 また私がトイレの時です。
 別にいる時でもいいのに、何に気を遣っているのでしょうか?
 私は恥ずかしいような、複雑な気持ちになっていると、ミーコは真っ直ぐ私を見つめ話しました。

「お母さん。ミーコにも、同じものがあるよ」

 その言葉に一瞬、呼吸をするのを忘れてしまいます。
 ミーコが首元から肩を露出させると、消しゴムで消し切れなかった、アザは残っていました。

 当初は何も考えずに、描き足してしまったアザ。

 絵として上着を描き足しているはずなのに、肌を見せると消えることなく存在していることに、驚いていました。

「ごめんミーコ。お母さん、お母さんがいけないんだ」

 ミーコは、悲しい表情を浮かべていました。
 自分にアザがあることよりも、私の発言に不安を抱いているようです。

「これがあると、だめなの? ミーコおかしいの?」

 心を締め付ける声色に、自分のアザのことよりも、ミーコの発言だけを強く否定します。

「そんなことない。全然駄目じゃないよ。おかしいことなんて、何もないよ」 

 ミーコは長い沈黙の後、作るかのように微笑みを浮かべます。

「……よかった」

 ミーコは先ほどのチューリップの続きを描くため、静かにスケッチブックと鉛筆を持つと、私の気持ちを諭すかのようにつぶやきました。

「森川さんや杉田も、ミーコのこれ見て嫌いにならないといいな」

「そんなことで……嫌いになるわけないじゃない」

 ミーコの真っ直ぐな言葉は、私に何かを気づかせるものがありました。 
 そうです。あの二人や会社の皆さんが、目をそむけることなど、あるわけがないのです。