溺愛俺様系男子と完璧王子様に同時に好かれまして

 あの日から、私達は誰にも秘密の密会をするようになった。
 堂々と会えばいいだろ、って彼は言ってたけど、さすがに他の女の子達にぼこぼこにされかねないから無理だった。
 バスケ部に入っている彼は、毎日夕方まで練習があるから、帰宅部の私は課題をしながら教室で待っている。
 家でやるか学校でやるかの違いだし、そんなに苦ではないかな。って言いたいところだけど…
 「寒いんだよねぇ、やっぱり」
 ぽつりとぐちをこぼす。
 図書館に行けばいいんだけど、この時期は先輩達が受験に向けてぴりぴりしてるから行きづらいんだよねぇ。
 思わずぶるぶるっと身震いした。
 もう限界。自販機であったかい飲み物買おっと。
 廊下に出ると、余計寒さが増した。
 駆け足で階段を駆け下りて、自販機の前まで小走りした。
 「どれにしよっかなぁ」
 迷うけど、やっぱりココアにしよっかな。
 ぴっとボタンを押すと、大きな音とともにココアが落ちてきた。
 かがんで拾いあげると、指先から届いた温もりがじわじわと手のひらまで広がっていく感覚がした。
 い、生き返る…。
 「あれ、君もしかして二年生?」
 透き通る声に振り返ると、そこには私でもよく知っている先輩が居た。
 「城山海星(しろやまかいせい)先輩…」 
 こんなに近くでお会いするのは初めて。
 …なんてかっこいいの。
 女の子も嫉妬しちゃうほど透明感のあるキメの整った白い肌に、くっきりした二重から覗く長くてきれいなまつ毛にすっと通った鼻筋。
 髪の毛と瞳は色素の薄い茶色で、視線が合うと吸い込まれてしまいそうになる。
 芸能人はテレビで見るより生で見たほうが良いって聞くけど、まさにそんな感じ。
 美しくて、かっこいいこの方は、私達の学校の元生徒会長。全生徒の憧れの存在。
 校長先生の話なんて全然聞いてないのに、先輩の話の番になると、学校中の女の子はみんなきらきらした目をして一言一句聞き逃さないように話を聞いてしまうの。
 そんな先輩と一対一でお話できる機会が来るなんて、夢にも思ってなかった。
 「僕の名前を覚えてくれてるなんて光栄だね。君の名前も教えてくれないかな」
 少し驚いた様子で先輩は私に聞いてきた。
 「白塚真鈴(しらつかまりん)です。ここの生徒ならみんな先輩のこと知ってますよ」
 「まりんちゃんね。うん、覚えた。可愛い名前だね」
 アイドル級の微笑みを浮かべて何でもないふうに先輩は言った。
 反射的に頰だけかっと熱くなった。
 「あ、ありがとうございます」
 先輩は言い慣れてるんだろうから、軽い気持ちで言っただけだって分かってるけど、"可愛い"に反応しちゃう。
 それに、男の人に名前で呼んでもらえただけでどきどきしちゃうのは私だけ…?
 「ところで、まりんちゃんはこんなところで何してるの。こんな時間まで残ってるのって運動部の子か僕たち受験生くらいだと思ってたんだけど」
 先輩はそう言うと、不思議そうに少し首を傾げて顎に手を当てた。
 「課題やってました。もうちょっと頑張ろうと思って」
 と言って、私はココアを軽く振った。
 納得した表情になった先輩は、なるほどね、と呟いた。
 「こんなに遅くまでお勉強してるなんて偉いね。そんなまりんちゃんに、ご褒美あげよっか」
 先輩は、茶色のカーディガンからのぞかせた細くて美しい指先で自販機に硬化を入れると、ココアのボタンを押した。
 その何気ない動作まで見惚れてしまう。
 「はい、これどうぞ。せっかく温かい飲み物だったのに、もう冷めちゃったでしょ」
 そう言って、私の手からひょいとココアの缶を取り上げると、それをポケットにしまって、私の手を優しく掴んだ。 
 彼とはまた違うしなやかで美しい手。
 なのに、私よりはるかに大きくて意識しちゃって、どきどきする。
 そして、新しく先輩が買った缶を私の手に握らせた。
 って、どきどきしてる場合じゃないよ。
 これじゃあ、先輩がぬるくなったココアを飲むことになっちゃう。
 「そんな、全然いいんですよ。先輩があったかいの飲んでください。私は平気なので」
 お返ししなきゃと思って、先輩の前に缶を差し出す。
 「遠慮しないで。さっきはご褒美とか偉そうなこと言っちゃったけど、ほんとはね、感謝の印」
 「え、私なんにもしてないですよ」
 「実はさっきまで全然勉強のやる気でなかったんだよね。でも、まりんちゃんが頑張ってるって聞いたら、僕も頑張ろうって気持ちになってきた」
 先輩は柔らかい笑顔を見せて、私の缶を握った手を両手で包み込み、私の前まで軽い力で押し返した。
 「だから、そのお礼。受け取ってくれるよね」
 先輩は少しだけ首を傾げて、さらさらの髪の毛が揺れた。
 ほんとに受け取っていいんだろうか、って迷いつつも、これ以上話していてもせっかく買いなおしてくれたこのココアまで冷めちゃったらもったいないもんねって自分に言い聞かせた。
 「じゃあ、ありがたくいただきますね。お互い頑張りましょ!」
 そう言って私は、感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔を先輩に向けた。
 先輩は、驚いたようにちょっとだけ目を見開いて、私から視線を逸らした。
 でもすぐに私に視線を戻して続けた。
 「そうだね。一緒に頑張ろうね、まりんちゃん」
 目を細めて白い歯を少しだけのぞかせて私に笑いかけた。
 今までの微笑みよりもひと段階自然に先輩からこぼれ出たような笑顔。
 その瞬間、爽やかな風が私の両側を駆け抜けたような感覚がした。
 王子様って、現実に存在するんだ。
 そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、甘くて眩しい笑顔。
 こんなん向けられたら、女の子は落ちるしかないよ。
 王子様に魔法をかけられて動けなくなってしまった私は、ぽーっと先輩を見続けた。
 先輩は一歩私の方に歩み寄り、優しく私の頭をぽんと撫でて、去っていった。
 はっとして後ろを振り返ると、先輩は振り向くことなく歩いていて、後ろ姿は次第に小さくなっていった。
 背筋の伸びた優雅な歩みで。
 その後ろ姿が見えなくなってようやく、私も急いで教室に戻った。
 ココアがぬるくなってしまう前に。