白を貴重とした店内はアンティーク家具と薔薇で、いかにもなヨーロッパ風を演出していた。
俺たちは好みの紅茶とスコーンを注文し、ふうと一息ついた。
すると、亜世さんが珍しく自分から口を開く。
「“つまんない“わけではないんですけど」
唐突で流れが掴めない言い出しに首を傾げる。
「えっと。さっき河岸さんが尋ねたことなんですが」
「ああ」
(だいぶ前の質問だ)
「ここの薔薇って綺麗だけど、おとぎの国っていうか。人工的な感じはしてます」
「……それって?」
「つまり、野生が持っている尖り?みたいなのがないですよね」
(ああ、同じことを思ってたのか)
驚いた。
まったく別の世界を漂っているふうな彼女が、ほぼ俺と同じ感想を抱いていた。
思っていたより近いものを感じている人なのかもしれない。
(でも騙されるな)
心の中の別の誰かが言う。
(所詮、この人もお前の何もかもを分かってくれるわけじゃない。いずれ裏切るやつだ)
そうだな。
似たレイヤーの上を生きている人間だからって、俺と同じ世界が見えているわけじゃない。
花の赤い色を、どんなふうに見ているかはその人の感覚でしかないわけで。
(実際、亜世さんの描く花の色は全体的に淡いパステルカラーで、俺の想像と違う)
だからこの人に興味を持っても、沼ることだけはあってはならない。
誰かを信じるっていうのは、誰も信じないより怖いことだ。
裏切られる痛みを感じないでいられるなら、このまま空虚な日々で十分だ。
俺が亜世さんに興味を抱いているのは、ミステリアスだからだ。
秘密がある人は面白い。
(でも)
おそらく亜世さんのことも、全てを知ったら色褪せてしまうんだろう。
(こんなこと言ったら、また傲慢だと言われてしまいそうだけど)
でも現実に心がそうなるんだから仕方がない。
花がその美しさを長く保てないように、いずれ彼女のことも今ほど知りたいと思わなくなる。
(そんでまた嫌われて、離れていく)
「……さん、河岸さん!」
声にハッとすると、亜世さんが困ったような顔をしていた。
「お茶、きましたよ」
「ああ。はい」
(一瞬夢の中かと思った)
俺もいつの間にかこの温室の中でメルヘンな気分に浸ってしまっていたのだろうか。
*
お茶とスコーンを口にしたら、急に眠気がきて帰りたい気分になる。
俺の悪い癖で、誰と一緒にいても、唐突な“退屈“が襲ってくる。
眠りたい時に眠って、食べたい時に食べる。
いつだって自分が生きたいように生きたい。
俺は、そういう人間だ。
誰にも邪魔はさせないし、文句は言わせない。
「さて……だいたいの花は見たし」
(帰って寝たいなんて言ったら、怒るかな)
「そろそろ帰りましょうか」
(ん?)
まだ帰りたくない、というようなセリフを頭で思い描いていたのに。
亜世さんは普通に頷いて、カバンを手に立ち上がった。
「私も好きな種類の薔薇は写真を撮りましたし。もう大丈夫です」
「ああ、そう?」
なんというか、拍子抜けする。
今まで知り合ってきた女性とあまりにも反応が違いすぎて、逆に目が覚めてきた。
「まだ15時だよ?」
「ええ、今帰宅すれば、夕ご飯が作れます」
(へえ、自炊してるんだ。ってそんなことどうでもいい!)
「わかりました。じゃあ会計してきます」
レシートを手にレジに向かう。
(マジで帰るつもり?)
喉まで声が出かかって、慌てて止める。
もう少しどこかブラつきますか?と言いたい。
でも、それを言ったら本当に負けな感じがする。
(くそ、なんでこっちが振り回されるんだよ)
イライラっとして、亜世さんをエスコートせずに一人で会計を済ませ外に出る。
すると彼女はゆっくりした足どりで出てきて、にこりと微笑んだ。
「今日は楽しかったです。お茶はご馳走になっていいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。 では、また次回のミーティングではよろしくお願いします」
「ああ……はい」
ぺこりとお辞儀すると、彼女は待ち合わせた駅へ一人で向かった。
その後ろ姿には引き止めてほしいという感情は見えない。
「ええっ……?」
驚きを隠せない。
完全に計算外の展開だった。
俺たちは好みの紅茶とスコーンを注文し、ふうと一息ついた。
すると、亜世さんが珍しく自分から口を開く。
「“つまんない“わけではないんですけど」
唐突で流れが掴めない言い出しに首を傾げる。
「えっと。さっき河岸さんが尋ねたことなんですが」
「ああ」
(だいぶ前の質問だ)
「ここの薔薇って綺麗だけど、おとぎの国っていうか。人工的な感じはしてます」
「……それって?」
「つまり、野生が持っている尖り?みたいなのがないですよね」
(ああ、同じことを思ってたのか)
驚いた。
まったく別の世界を漂っているふうな彼女が、ほぼ俺と同じ感想を抱いていた。
思っていたより近いものを感じている人なのかもしれない。
(でも騙されるな)
心の中の別の誰かが言う。
(所詮、この人もお前の何もかもを分かってくれるわけじゃない。いずれ裏切るやつだ)
そうだな。
似たレイヤーの上を生きている人間だからって、俺と同じ世界が見えているわけじゃない。
花の赤い色を、どんなふうに見ているかはその人の感覚でしかないわけで。
(実際、亜世さんの描く花の色は全体的に淡いパステルカラーで、俺の想像と違う)
だからこの人に興味を持っても、沼ることだけはあってはならない。
誰かを信じるっていうのは、誰も信じないより怖いことだ。
裏切られる痛みを感じないでいられるなら、このまま空虚な日々で十分だ。
俺が亜世さんに興味を抱いているのは、ミステリアスだからだ。
秘密がある人は面白い。
(でも)
おそらく亜世さんのことも、全てを知ったら色褪せてしまうんだろう。
(こんなこと言ったら、また傲慢だと言われてしまいそうだけど)
でも現実に心がそうなるんだから仕方がない。
花がその美しさを長く保てないように、いずれ彼女のことも今ほど知りたいと思わなくなる。
(そんでまた嫌われて、離れていく)
「……さん、河岸さん!」
声にハッとすると、亜世さんが困ったような顔をしていた。
「お茶、きましたよ」
「ああ。はい」
(一瞬夢の中かと思った)
俺もいつの間にかこの温室の中でメルヘンな気分に浸ってしまっていたのだろうか。
*
お茶とスコーンを口にしたら、急に眠気がきて帰りたい気分になる。
俺の悪い癖で、誰と一緒にいても、唐突な“退屈“が襲ってくる。
眠りたい時に眠って、食べたい時に食べる。
いつだって自分が生きたいように生きたい。
俺は、そういう人間だ。
誰にも邪魔はさせないし、文句は言わせない。
「さて……だいたいの花は見たし」
(帰って寝たいなんて言ったら、怒るかな)
「そろそろ帰りましょうか」
(ん?)
まだ帰りたくない、というようなセリフを頭で思い描いていたのに。
亜世さんは普通に頷いて、カバンを手に立ち上がった。
「私も好きな種類の薔薇は写真を撮りましたし。もう大丈夫です」
「ああ、そう?」
なんというか、拍子抜けする。
今まで知り合ってきた女性とあまりにも反応が違いすぎて、逆に目が覚めてきた。
「まだ15時だよ?」
「ええ、今帰宅すれば、夕ご飯が作れます」
(へえ、自炊してるんだ。ってそんなことどうでもいい!)
「わかりました。じゃあ会計してきます」
レシートを手にレジに向かう。
(マジで帰るつもり?)
喉まで声が出かかって、慌てて止める。
もう少しどこかブラつきますか?と言いたい。
でも、それを言ったら本当に負けな感じがする。
(くそ、なんでこっちが振り回されるんだよ)
イライラっとして、亜世さんをエスコートせずに一人で会計を済ませ外に出る。
すると彼女はゆっくりした足どりで出てきて、にこりと微笑んだ。
「今日は楽しかったです。お茶はご馳走になっていいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。 では、また次回のミーティングではよろしくお願いします」
「ああ……はい」
ぺこりとお辞儀すると、彼女は待ち合わせた駅へ一人で向かった。
その後ろ姿には引き止めてほしいという感情は見えない。
「ええっ……?」
驚きを隠せない。
完全に計算外の展開だった。

