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じゅう、という香ばしい音のあと、ふわりと漂うお出汁の香りに、無意識に頬が緩む。
四角いフライパンを傾けて、とん、とん、とリズムを刻むみたいに手首に力をこめて、慎重に裏返した。できあがったものをお皿にのせて、等分になるように包丁を入れる。
いちおうの確認のために、横から断面を見てみたら、綺麗な楕円形をえがいていたので、ほっとした。
いつもとはちがう、自分ではないだれかに出すものだから。……失敗しなくてよかった。
「……お、卵焼きうまそー」
「っ、ひ、」
「"ひい"ってなに」
突然、頭上からふってきた艶めきを含んだ低音に、びくんっと肩が揺れるのと同時、まるで未確認生物と接触してしまったようなリアクションと、情けないうめき声。
おそるおそる振り返ると、右口角だけをあげておかしそうに目を細めるきりくんが、わざとらしく首を横にかしげるから、おもわずむっとしてしまう。
「び、びっくりする……よ。うしろからは、びっくりするの」
「ん、そか。びっくりするの、こころ」
「……も、きりくんばかにしてる」
まるで子供をあやすみたいに頭を撫でて、そっか、なんてゆるい相槌を打ってくるきりくん。
……ほんとう、簡単にふれてくるひとだなあ。
でも、そこにやましい感情も下心もないのはわかるから嫌悪感もわかない。瞳は温度を宿していないのに、頭の上をすべる手のひらはやさしく感じてしまうから、このひとはすこし、ずるいとおもう。



