「千奈が消えた!?」
「うん……。お姉ちゃん、農具を倉庫に取りに行ったきり戻ってこなくて……探したけどどこにもいないんだ……」

 今日は結婚式の予定を詰めるため、私は城に残り諸々の確認作業をしていた。
 町へ続く崖には今では梯子がかかっているため、今日は一人で町に行き、町の農作業の手伝いをするのだと意気込んでいた千奈。

 一区切り作業が終わったので迎えに行ってみると、私を見るなりにタクトが泣きそうな顔をして駆け寄ってきて、千奈が行方不明になったことを告げた。

 私は目を閉じて魔力を巡らせ、彼女の気配を探る。
 が……近くにそれは見当たらない。
 一体どこへ……?

「魔王様!!」
 焦ったような声が頭上から届き、見上げればアストが城の方から飛んでくるのが見えた。

「大変です魔王様!! 千奈様が、国王に攫われました!!」
「!? アレクが!?」
 何故奴が……?
 自分で手放した女性を今更……。

「隣町へ荷物を届ける帰り、千奈様の声が馬車から聞こえたので追ってみれば、その馬車は城へ入っていきました。千奈様は手足を拘束され、連れていかれ……。少し偵察したところ、魔王様と強制的に離縁させ、新たに国王との婚姻を結ばせるとか……」

「何だと!?」
 千奈が、私以外の男と──?

 胸が張り裂けるようだとはこのことだろう。
 それと同時にふつふつとマグマのように熱いものがこみあげてくる。
 こんな気持ちになったのは、初めてだ。

「強制結婚させたかと思えば強制離婚か……。甘く見られたものだ。──アスト、全魔族に伝えろ。我が妻を取り返しに行く。王家を、滅ぼしに行くぞ」
「はっ!!」

 そしてアストは再び翼を羽ばたかせ、魔界へと飛んでいった。
 私はくるりと向きを変え、町の人間達に頭を下げる。

「すまない。そういうわけだ。私は、人間界の王家を滅ぼしに行く。妻を助けるために。だが、国民の安全は保障しよう。安心してほしい」

 あんな奴でも町の人々にとっては自分たちの王だ。
 王無しでやっていくのかと、不安もあるだろう。
 だが、今回ばかりは、許すことはできない。

「……ゼノン様。俺達も行きましょう」
 そう言ったのは、タクトの父親だった。
「俺も行くぞ!!」
「私も!!」
「あの国王を引きずり下ろせ!!」
 次々と湧き上がる反乱の声。

 国民も限界だったのだろう。
 いつの間にかすべての町の住民が声を上げていた。

「……感謝する。では、先導は魔族が行い、道を切り開く。それに紛れて、皆は人を集め、城を包囲してもらえるだろうか?」

 先頭を切るには戦闘が不可避。
 国民にそれを強いることはできない。
 人か魔族か。
 今まで逆らうことなく生きてきただけで、力は魔族の方が上だ。

「わかりました!! 周辺の町の人間も声をかけて駆けつけます!!」

 他の町でも国王はあまりいい印象を持たれてはいない。
 不満は溜まっているようだった。
 国民の声が一つにまとまれば、それは大きな力になる──。

「よし……。準備ができ次第、ラザミリ城へ向かうぞ──!!」

 強制離縁の手続きに結婚の手続き。
 特に国王の結婚は、結婚式の完遂をもって承認するものとされる。

 今すぐにどうこうなることはないだろうが、急がねば……。
 千奈、無事でいろ……!!