「貴様はいらん。出て行け──鬼嫁」

 赤胴色の冷たい瞳で見下ろされ、婚約者に捨てられた私は、その国、いや、その世界から追放された。


 私、佐野千奈(さのせんな)は元々この世界の住人ではない。

 こことは違う世界の日本という小さな島国で生まれ、育ち、高校を卒業して就職したばかりの一般人だ。

 中学生の頃に両親を事故で亡くし、まだその時まだ四歳と五歳だった弟達と一緒に祖母の家に引き取られ、ずっと『贅沢は敵だ』『働かざる者食うべからず』を合言葉に育ってきた。

 そんな祖母も私が就職してすぐに病気でこの世を去り、八歳と九歳になった弟達を私が養っていこうと、日々仕事を頑張っていたはずが──。

 ある日突然目が覚めると私はこの世界の、このラザミリ王国という大国にいた。

 ファンタジーノベルか。
 今流行りの異世界転生ってやつか。
 いや、死んだ記憶はないから異世界転移ってやつ?
 元々アニメやラノベ、漫画が好きだった私は、妙に落ち着いていたように思う。

 ──転移してきた場所はラザミリ城、召喚の間。

 なんでも、神殿に女神様からのお告げがあったそうで、異世界人を召喚したんだとか。
 お告げを聞いた神官曰く、『国王が異世界の女人と婚姻を結べば、国を繁栄に導くであろう』──だそうだ。

 国の繁栄のためだけに突然召喚されて、国の繁栄のためだけにあんな、豊満ボディの恋人までいる人の妻になれって、おかしくない!?
 自己中か!!
 私にも生活はあるんじゃ!!
 弟達の面倒どうしてくれんのよ!?

 ……だけど、一般人である私が逆らうことなどできず、ついには国王アレクサなんとかという長い名前の、御歳二十歳のバカき……いやいや、若き国王と婚約させられてしまったのだ。
 が──。


「陛下。このクソ高いドレスの数はなんですか!? こんな高いプレゼントを頻繁に恋人さんに送るとか無駄遣いすぎます!!」

「陛下。もう今月の経費はカツカツみたいんですけど。もうちょい経費抑えてほしいって進言が来てますよ。ていうか女に貢ぐな」

「陛下。国民が苦しんでるっていうのに、こんな贅沢ばかりを愛人にさせるのはいかがなもんなんでしょうか!? パーティしすぎだし料理の量も多すぎて廃棄になる量も多いし、無駄がありすぎです!!」

「陛下、また税を上げるんですか!? いい加減無駄遣いをやめて、王家も身を削る努力をですね──」

 質素倹約をモットーに生きてきた私は、我慢ができなかった。

 恋人へのドレスやアクセサリーのプレゼント。
 豪華な食事に頻繁に開催されるパーティ。
 その裏で国民が就職難や重税に苦しんでいるというのに。

 この世界に召喚されて六ヶ月。
 ぐちぐちと提言し続けた結果が、冒頭の言葉である。

 私は再び、目の前で豊満な身体の美女に絡みつかれたままこちらを見下ろす婚約者を見上げた。

 今夜も何があるわけでもない、ただ踊り楽しむためだけのパーティの最中。
 なんでもない日万歳!! って……意味わからん。

 生粋の日本人である私にダンスは踊れないので、今日も壁の花となり、陛下とその恋人のダンスを見ているだけのはずだったのに。

「なんだ、その反抗的な目は。……そうだ。異界には鬼嫁という()()()()()者がいると聞く。お前はそれだ。鬼嫁。そうだな……お前に、魔界への追放と、魔王の嫁となることを命ずる!!」
「はぁ!?」

 ざわめくダンスホール。

「千奈様が魔界へ嫁入り!?」
「そんな……ではこの国の繁栄は……」
 戸惑いと批判的な声を、ぎろりと鋭い睨みで一蹴し、アレクサ……なんとか国王は薄ら笑いを浮かべて言った。

「魔王と鬼嫁──。人ならざる者同士、似合いじゃないか。さぁ、早々にこの国から出て行け!! 騎士達!! この鬼嫁を魔界へ連れ出せ!!」

 若干興奮気味に声を上げた国王からの命令に、戸惑いながらも騎士達が私を取り囲む。
 私を追放させたくない。でも逆らえない……か。
 この人たちも大変な仕事よね。

「……わかりました。騎士の皆さん、よろしくお願いします」

 そして私は、目の前の婚約者だった男へと、にっこりと笑顔を向けた。

「くたばれ、人間」

 おおよそ乙女とは思えぬ言葉を吐き捨て、私は呆然とする騎士達を置いていくようにして抜き去り、ホールを後にした。

 知ってる?

 鬼嫁も──人間ぞ。