涙の流星群

 翌朝、七月十三日の火曜日。
 時刻は午前五時を少し過ぎた頃。

 ぼくは自分の悲鳴とともに起床した。
 悲鳴とともに飛び起きた。

 その原因、それは――。
「……夢か」
 夢。
 それもただの夢ではない。
 悪い夢……そう、悪夢だ。
 ぼくや遙香さんや徹たちが夏奈さんをいじめるという、とびっきりの悪夢だ。

 どうしてこのような悪夢を見たのか、まったく自分でも見当がつかなかった。
 いや、特定の夢や悪夢をどうして見るかなんて、そもそも考えるだけムダだ。
 なぜなら、夢や悪夢はそういった神秘的なものであり、いわば“幻想的”なものだから。
 それにいちいち理由をつけるなんて、まさに愚の骨頂――とは思うが、一体なぜこのような悪夢を見てしまったのだろうか。

 …………。
 ええい、悩ましい。

 ぼくは不快な気持ちを抑えつけ、そろそろとベッドから抜け出し、身支度を始めた。

 悪夢で覚醒しただけあり、気持ち悪いくらいに元気で頭が冴えていて、少しだけぼくは自分の身体を心配した。
 だが、それは杞憂だったようで、身支度が終わる頃になると、いつも以上の眠気に襲われることになり、ぼくは再びベッドに横たわった。
 が、それでは寝坊してしまう恐れがあるため、すぐにぼくはベッドから起き上がった。

 目覚めのコーヒーを飲むため、ぼくは一階のリビングに向かった。
 一番乗りかと思いきや、リビングには先客がいた。

「おはよう、翔。きょうはずいぶんと早起きだな。うーん、感心感心」

 なんとそれは父だった。

 父はマグカップを手にし、ソファでくつろいでいた。
 コーヒー独特の香りが漂うことから、マグカップの中身はコーヒーだろう。

 ぼくはきのうの父との口論を思い出し、すぐには朝の挨拶を口にすることができなかった。
 そんなぼくが父に「おはよう、父さん」と言葉を返すと、父はうれしそうに破顔した。
 それでぼくはホッとし、安心してインスタントコーヒーを作ることができた。

 マグカップに熱々のブラックコーヒーを入れ終えたぼくは、そっと父の隣に腰かけた。
 すでに父はコーヒーを飲み終えていて、空のマグカップがリビングの机に置かれていた。

 ぼくは少しコーヒーを飲んでから、マグカップを机に置いた。
 コトリ。

「…………」
「…………」
「……きょうぼくさ、悪夢を見たんだ」
「うん?」

 ぼくは意を決して、父に悪夢の内容、さらには今の心情を打ち明けてみた。
 最初は冷静に話していたのだが、次第にぼくの感情は爆発し、涙を代償として、悲しみを燃料として、ぼくは話を続けた。

 父は顔色ひとつ変えず、何も口を挟まず、ぼくの話を聞いていた。

「もしかしたら、ぼくらは夏奈さんをいじめているのかもしれない、夏奈さんに悪意を向けているのかもしれない。
 悪夢とはいえ、ぼくはこの悪夢を悪夢だと思えないんだよ。
 この悪夢はさ、いずれ起こるであろう、“正夢”なんだ。
 だから、これは神秘的で幻想的な夢や悪夢なんかじゃない。
 夢という現実なんだと、現実を映す鏡なんだと、ぼくは思う。……父さん、ぼくらは間違ったことをしているのかもしれないんだ」

 ぼくはうなだれ、涙を次から次へとこぼしながら、父に心の弱い部分を包み隠さず打ち明けた。
 ぼくの話が終わると、父はぼくを優しく、けれど力強く抱きしめてくれた。

 父はぼくが泣き止むまで、ずっとぼくに寄り添っていてくれた。

「信念を曲げるんじゃない。信念を貫け。
 それはお前たちのけじめであり、お前たちにしかできない役割だ。……夏奈ちゃんを幸せにしてあげなさい、翔」

 ぼくが泣き止んだあと、このように父はぼくを勇気付けた。
 先ほど父がしてくれた抱擁と同じくらい、ぼくは力強くうなずいた。

「よし、それでこそおれの息子だ」

 そのとき、母が起き出してきたようで、母は寝ぼけ眼のまま、リビングに入ってきた。

「いやだわ、わたしったら……寝坊するなんて、わたしらしくない。……って、まだ午前六時前?
 いやだわ、ついにリビングの壁時計が壊れてしまったみたいよ、二人とも」

 ぼくと父は顔を見合わせると、同時に笑い出した。
 それを見た母はきょとんとなり、けれどぼくらが笑い出した意味に思い当たると、母も笑い出した。

 ぼくらの笑い声で目が覚めたのか、そのとき姉も起き出してきた。

「なあに、三バカトリオったら……朝っぱらから、何を笑っているのよ、気持ち悪い。
 まだ午前六時前じゃないの。あんたたち、さてはおバカ?」

 姉はぼくらを鼻で笑うと、水道水が入ったコップをグビッと飲み干した。
 姉は「うまし!」と叫ぶと、乱暴にコップを流し台に置いた。
 すかさず、母は「こら、天音。コップはあなたよりも大事なものです。大事に扱いなさい」と厳しく姉を叱った。

 活動するにはまだ早かったが、きょうという一日をがんばるため、ぼくら家族はそれぞれ動き出した。