時刻は午後十時過ぎ。
 ぼくはいつもよりだいぶ遅い夕食を食べ終えると、海堂さんのSNSアカウントを教えてもらうため、姉の部屋を訪れた。
 タイミング悪く、姉はスマートフォンで誰かと電話をしていた。

 ノックをしてから部屋に入ればよかったと、ぼくは今さらながらに後悔した。

 いきなりぼくが姉の部屋に入ってきたため、姉はぎょっとして振り返り、しばらくぼくらは気まずく見つめ合った。
 やがて、姉は何も言わずにスマートフォンの画面をタップし、電話を切った。

 姉が何かの言葉を発する前に、ぼくは大声で「めんご!」と謝った。
 すると、姉もありったけの声を張り上げ、「翔!」と怒鳴った。
 たまらずぼくは、
「ごめんなさい!」
 と全力で謝った。

 だが姉は、
「我が弟よ、よくやった!」
 と、なぜかぼくの恥ずべき行為をねぎらい、ぼくを抱きしめた。

 なにゆえ?

 ぼくは姉の抱擁から必死になって逃れたあと、姉に「どうして、『よくやった!』なの?」と訊いてみた。
 上機嫌な様子から一転、姉はしかめっ面になると、苛立った様子で自身のベッドに腰かけた。
 恐る恐るぼくがベッドに浅く腰かけたところで、姉は「実はね」と話し始めた。

「今さっき、あたしの悪友から電話があってさ。
 彼女は紅露大学に入ってからの親友で、あたしと彼女は殴り合いもするほどに仲がいいのよ。だけどね――」
「殴り合い? それは物騒な」

 予想はしていたが、ぼくが横から口を挟むと、姉は不愉快そうにぼくをにらみつけた。

「人の話は最後まで聞きなさい、翔。さもないと、お尻ペンペンするわよ」
「最後の言葉だけど、それ本気?」
「もちろん、ウソ。それはともかく、さっきの話の続きね。
 ――あたしと彼女の仲がいいのは、別に困ることでもないんだけど……どうやら彼女、最近になってビールにハマったらしいのよ。
 あとはあたしが言わなくても分かると思うんだけど、さっきの電話は酔っ払いからの電話でね。
 彼女の話を信じるなら、今の彼女は繁華街の路地裏で黒服の男たちに車で拉致され、気付いたときには地球防衛軍の基地にいて、そこからあたしに電話をかけた“らしい”のよ。
 そんな彼女の“実話”を聞いているときに翔が現れたから、よっしゃ! と思って電話を切った、というわけ。
 ありがとうね、翔。おかげで、酔っ払いの戯言を聞かずに済んだわ」

 そこで姉は機嫌を取り戻し、カラカラと笑った。

 なぜだろう、決して笑うことはできない問題のような気がする。

「……事件の匂いがするね」
「そう? あたしにはアルコールの匂いがするけど」
「おお、姉さんに座布団一枚!」

 そう言ってから、ぼくはあわてて首を横に振った。

 そうだった、シャレを言い合っている場合ではない。
 まずは海堂さんのSNSアカウントを知らなくては、何も始まらないではないか。
 ちゃんとやろう。

「姉さんさ、海堂さんのSNSアカウントを教えてくれるんだったよね。それ、教えてくれる?」
「オーケー」

 こうして、ぼくは海堂さんのSNSアカウントを姉から教えてもらい、そそくさと姉の部屋から退室した。

 任務完了。