それから数十分後、宅配寿司が家に届いた。

 宅配ドライバーに宅配が遅れた理由を訊くと、どうやら道に迷ったから遅くなったという。

 宅配が遅れたおかげで、ぼくらは夏奈さんに自己紹介ができたため、ぼくは不満などなかった。
 むしろ、ラッキーだとさえ思っていた。

「あー、それじゃあ、わたしはこれで」

 まだまだ話し足りない夏奈さんを配慮してか、遙香さんは「みんなは先に食べていて。わたしは夏奈を家まで送るから」とぼくらに言い残し、二人できゃっきゃっとはしゃぎながら外に出た。

 時刻は午後七時二十分過ぎ。

 すでに空は暗くなっていて、ぼくはちょっぴり二人のことが心配になった。

「まあ、大丈夫だと思うぞ、翔。
 さっき二人の会話が聞こえたのだが、夏奈の家はここからそう遠くないそうだ。
 ここは心配するのではなく、二人の仲睦まじさに安堵でもしようではないか。それこそがおれたちの役目ではないのかね」

 徹はぼくの肩に手を置くと、それからにやっと笑い、反対の手でぼくの腕を優しく叩いた。

「きょうはご馳走だぞ、翔。代表命令だ、とにかく味わって食うぞ」
「ワン!」

 ぼくは喜ぶあまり、家族がいる前で吠えてしまった。

「こら、翔。お友達がいる前で、そんなみっともない声を上げるんじゃない。まるでお前、犬みたいだぞ」
「翔……あんたってば、落ちるところまで落ちたわね。次はどこに落ちるの?」
「…………」

 父は叱り、母は嘆き、姉に至ってはこちらを見向きもしないほど、おそらくはドン引きしていた。

 だがしかし、これでいい。
 これこそが、ぼくの求めた日常。
 ぼくが愛した日常。

 ぼくはこの日常を守り抜きたい。

 それから二十分もしないうちに、遙香さんはぼくの家に戻った。

「どうだった?」

 ぼくは箸を置き、リビングに入ってきた遙香さんに早速訊いてみた。

 食卓の席に座る彼女の顔は明るい。

「んっとね、よかったよ。久々に会って話す夏奈は、やっぱり夏奈だった」

 そう遙香さんは答えるなり、いただきますも言わずに寿司を食べ出した。

「おいおい、きみはいただきますの挨拶も言えないのかよ」

 遙香さんはもぐもぐと口を動かしながら、「うるさいなぁ……お腹が空いているんだから、勘弁してよね」と不快そうに眉をひそめてみせた。

 それを聞いて、ぼくも眉をひそめた。

「きみは食べ物のありがたみを分かっていないようだな。
 いいか、遙香さん。いただきますというのはね、その食事に関わってきたものたちに対して口にする感謝の言葉なんだ。そしてそれは食材への感謝にもつながる。
 それをないがしろにするのは、人間として一番やってはいけないことなんだ」

 そのとき、ソファで両親とともに寿司を食べていた姉が、ぼくの言葉を聞いて大笑いした。

「翔ったら、よく言うよ。
 それはつい最近、いただきますも言わない翔のために、あたしが言い聞かせてやった言葉じゃない。
 それをあんたがまじめくさった顔で語るなんて……まったく、世も末だわ」

 そう言って、姉は先ほどの何倍もおかしそうに笑った。

「……さすがは大浦翔。ナンバーツーだけのことはあって、笑いのセンスも二流ですわね」

 詩織さんは感心したように(?)、うんうんとうなずく。
 すかさず、環奈が「デリカシーのほうは二流以下ね」と手厳しく評価した。

 こんなとき、勇人がいたら「しっかりしてください、翔さん。犬でも、それ以上のデリカシーはありますよ」とぼくを叱咤していた(?)ことだろう。

「くぅん……」

 ぼくが鳴き声を上げると、今度はこの場にいる全員がどっと笑い出した。

 これほどみんなに受けるとは思わなく、ぼくは困惑した。
 けれど、結局はみんなに釣られ、ぼくもゲラゲラと笑うのだった。