「カレス」での会合が終わったのは、午後六時を回ってからのことだった。

「……ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 ぼくらに見送りの挨拶をしてくれた若い女性店員は、なんとも殺意を帯びた笑顔で、ぼくらを見送ってくれた。

「ねえ、環奈ちゃん。どうして、あの店員さんは怖い笑顔だったの?」

 茜は女性店員の恐ろしい笑顔に面食らったのか、店を出ると、そう環奈におずおずと訊いた。

「いいこと、茜。世の中にはね、いい客と悪い客がいるのよ。そして、わたしたちは“悪い客”のほうなの。以後、覚えておきなさい」

 環奈は茜の質問に答えてから、ぶるりと身体を震わせ、「それにしたって、なんて恐ろしい笑顔なのかしら」と顔を青ざめた。

 顔を青ざめているのは環奈だけではなく、詩織さんも同じように顔面蒼白だった。
 もっとも、詩織さんの場合は自転車を押す手も恐怖で震えていたので、その点では環奈よりも重症といえた。

 ぼくは世にも恐ろしい女性店員の笑顔を忘れるため、自転車を押すのをやめて夕焼けの空を見上げた。
 西に沈もうとしている太陽が、地上と上空をきれいな茜色に染めていて、その風景はぼくの心を強く揺さぶった。

「夕焼け……きれいだね」

 この声は遙香さんだ。
 遙香さんを見てみると、彼女は茜色の空をうっとりと見上げていた。

 周囲を見れば、遙香さんのみならず、徹たちも夕暮れ時の空を見上げていた。
 どうやら彼らも、このノスタルジックな風景に心を打たれている様子だった。

 再び、ぼくは美しい夕暮れの空を見上げた。

 ああ、なんてきれいな風景なんだ。

 そのとき、ぼくらの心を代表するような徹の言葉が聞こえた。

「いつからだろうな。おれたちは小さい頃のように、バカみたいに空を見上げなくなった。悲しいことに、それはおれたちが大人になった証なのだろう。
 あの頃の馬鹿正直なおれたちは、空を見上げることにためらいがなかった。
 それなのに今の堅苦しいおれたちは、頑なに空を見上げず、前を向くことだけを考えている。
 そんな生き方など、始めから性に合わないというのにも関わらず、おれたちはそれが正解なのだと自分を偽っている。
 そのまま、前を向くことが正義だという奴らが跳梁跋扈する社会に出ようとしている。
 しかしおれはな、思うのだよ。そんな生き方など、自由を謳歌する人間ではないし、ましてや青春を謳う子どもの在り方ではない。そうさ、この生き方は人から人へと伝染する伝染病なのだ。
 今のおれたちは、この伝染病に進んでかかろうとしている。いや、もうすでに手遅れなのかもしれない。
 そうとも、おれたちはこの伝染病にかかっているのだ」
「……徹さん、その伝染病を治療する方法はないのですか?」

 そう徹に訊いたのは詩織さんだった。

 詩織さんが怖がるのも無理はない。
 この伝染病にかかったら最後、ぼくらの人生はつまらないものとなってしまうからだ。

「治療する手立てか? もちろん、それならあるぞ」

 そのとき、一陣の風が吹いた。

 それがきっかけとなり、ぼくは広大な空からすぐそばの徹に視線を向けた。
 みんなも同様に徹を見つめ、彼の言葉を今か今かと待っていた。

 徹はいつもの不敵な笑みを浮かべてから、ぼくらに伝染病の治療方法を教えた。

「治療方法など、決まっているだろう? おれたちが元の生き方に戻ればいいだけの話なのだ。
 前の生き方を正とすることで、今の生き方を否定する。……そうとも、たったそれだけのことなのだよ」

 行くぞ、と徹は大股で歩き出す。

 徹の言葉の意味を噛み締めてから、ぼくらは徹のあとを追った。