なんということだろう。

 遙香さんの言葉を聞き、ぼくは四年前のあの日を思い起こした。

 あのとき――遙香さんは公園のベンチに座り、満天の星を見上げながら涙を流していた。
 ぼくの視線に気付いた遙香さんは妖しい笑みをこちらに向けると、やはり星空を見上げながら、次から次へと涙をこぼしていった。

 ぼくはそれを星空が美しかったからと解釈していたが、その真実はまだ知らずにいた。
 どころか、あの星夜の出来事を遙香さんは「知らない」と言い張り、きょうまでそれを否定するありさま。

 そのため、ぼくは彼女に真実を聞くこともできなかった。
 それがどういうわけか、四年の月日を経て、遙香さんは真実を話そうとしている。

 いや、失礼。

 彼女が真実を話そうと思った理由は、たったひとつ――この星夜の出来事というのが、今回の夏奈さんの件と切っても切れない関係にあるから。
 それだから、遙香さんは重い口を開いたのだ。

 ぼくは彼女の話す真実に耳を傾け、しかと受け止めなければならない。

「……それって、あの星夜での出来事に違いないよな?」

 決まり切っていたことではあったが、念のためと思い、ぼくは遙香さんに確かめた。

 今や遙香さんは神妙な顔付きから、ふだんどおりの顔付きに戻っていた。
 それを見て、なぜだかぼくは安堵した。

「もちろん、そうだよ。
 ……というか、翔くんはあのときのこと、忘れていなかったんだね。ふーん、感心感心」

 感心と言う割には、まったく遙香さんの言葉には心がこもっていなかった。

 ずばり言おう。
 ぼくにとって、あの星夜の出来事は好きな人との出会いにほかならない。

 けれど、遙香さんにとっての意味合いはまた別なのだ。
 彼女にとって、あれは夏奈さん絡みの出来事そのもの。

 ぼくが遙香さんのことを想っていると同時に、遙香さんは夏奈さんを想っている。
 その事実はぼくを悲しませた。

 しかしそんなぼくの悲しみは、次の遙香さんの言葉を聞いたことで、何もかも遠くに吹き飛んだ。
 もっとも、その悲しみが遠くに吹き飛んだだけで、新たな悲しみは吹き飛ばせなかった。

「みんなにも話したと思うけど、わたしと夏奈は流星群を見る約束が原因で絶交した。
 だからね、わたしは流星群に未練が……広く言うと、星空に未練があるの」

 未練。

 その言葉を聞いて、ぼくは合点がいった。

 と同時に、ぼくはたまらなく悲しくなった。
 たまらなく自分に怒りが込み上げてきた。

 あのとき、遙香さんはどんな気持ちで星空を見上げていたのだろう。
 そのとき、ぼくはどんな気持ちで彼女を見ていたのだろう。

 あのとき、遙香さんは悲しかったはずだ。
 そのとき、ぼくは幸せだったはずだ。

 悲しすぎる。
 酷すぎる。

 嵐のごとく、ぼくの感情が吹き荒れる一方、遙香さんは遙香さんで説明するのがつらいのか、彼女は涙目になっていた。
 それでも遙香さんは説明を続けることを選んだ。

「その未練はわたしが引っ越しをしてから数日後の夜、つまりは四年前、三月三十日の星夜のとき、わたしが星空公園で星空を見上げるきっかけとなるわけ。
 当然、わたしは夏奈のことを想いながら、泣いた。二人で見るはずだった流星群を想いながら、泣いた。
 わたしが翔くんと出会ったのはね、そんなときだったの。
 そのときのわたし、おかしかったのかな。翔くんがね、夏奈に見えたの。
 でも驚きはしなかった。夏奈がわたしに会いに来てくれたんだ、そう思ったの。
 だからわたしは彼を見て、ニコリとほほ笑んだ……彼とともに星空を見上げた。
 これはそういうお話」

 そこで遙香さんは静かに話を終えた。

 なるほど、そういうことか。

 しかし納得する直前、ある疑問が頭をよぎった。

 では遙香さんの言葉から考えるに、あれは一体なんだったのだろうか。

 いてもたってもいられなくなったぼくは、場違いながらも訊いてみた。

「そのときのことをぼくが訊いても、きみが『知らない』と否定した理由って、一体なんなんだ?」

 遙香さんはうっすらと顔を赤くし、それからボソボソと「もちろん決まっているでしょう? 翔くんのことを夏奈と間違えたのが恥ずかしかったからだよ」と恥ずかしそうに答えてくれた。

 今度こそ、ぼくは納得した。

 ようやく長年のモヤモヤが晴れたか。

 ぼくは安堵のため息をついた。

 遙香さんは遙香さんで肩の荷が下りたのか、深呼吸をし、それからまた話し出した。

「何はともあれ、わたしは翔くんと星空公園で運命的な出会いをしたのだと、夏奈にウソをついたの。
 内容は至ってシンプル。夏奈のことが寂しくて、わたしが泣いているところを颯爽と翔くんが現れ、わたしを慰めてくれた。
 翌日になって、わたしは彼が隣人だと知り、そこからわたしたちの交際が始まる……以上が、夏奈についたウソだよ」
「シンプルというか、陳腐というか……あなた、ある意味で才能あるわよ」

 あきれたように苦笑する環奈。

「わたしはいいと思うけどな、二人の本当の出会い。
 なんだろう、打ち切り寸前の恋愛マンガみたいな必死さが伝わってきて、すごいステキだな」

 褒めると思いきや、ぼくらの出会いをけなす茜。

「健全な出会いをしたというのはいいですが、夏奈さんにウソをついているので減点です」

 無慈悲にも、批評してしまう詩織さん。

「ちょっとちょっと、みんなは本気でわたしたちに協力してくれるの? なんだか雲行きが怪しくなってきたかも……」

 みんなの反応で、たまらず不安顔になる遙香さん。

「もちろん協力するに決まっている。おれたちなら、きっと遙香と夏奈を友達にしてみせるさ。そうだろう、翔?」

 不敵な笑みで、ぼくに笑いかける徹。

 ああ、そうさ。
 ああ、そうだ。
 徹の言うとおりだ。

 ぼくらなら、きっとこの困難を乗り越えられる。
 なぜなら――。

「ああ。なぜなら、ぼくたちは仲間だからな」

 ぼくは一同の顔を見回すと、手元のグレープジュースが入ったグラスを掲げてみせた。

 ぼくの意図に気付いた遙香さんたちは、ぼくに倣い、次々と手元のグラスを掲げる。
 彼女たちのグラスには、一人たりとも同じ色のドリンクが入っていなかった。
 まるで個性が具現化したみたいだ。

 ぼくは澄んだ声で、乾杯の挨拶を口に出した。

「遙香さんと夏奈さんの未来を祈って……乾杯」
「乾杯」

 ぼくがドリンクをあおると、遅れて遙香さんたちもドリンクをあおった。
 その後、ある者は泣き顔になり、またある者は不敵に笑う。
 各々の反応はそれぞれだった。

「よーし、きょうはみんなを帰さないからな。監視役の詩織さんも、そのつもりでね」
「なんですって?」

 ぼくは詩織さんの驚く声を無視して、ドリンクを取りに行った。
 そのぼくの後ろでは詩織さんがいつまでも不満を述べていて、ぼくは思わず笑みが漏れた。

 どうやら、夏にはぼくらを一致団結させる力があるらしい。

 この夏がいつまでも続くよう、夏の神様にお願いしながら、ぼくはドリンクを何にするか選んだ。