色々とごたごたしたものの、それからまもなくして会合は始まった。

 きのうぼくに話したのと同じ内容を、遙香さんは徹たちに説明した。
 もっとも、それは事前に遙香さんが説明したものだったらしく、詩織さん以外のメンバーは皆、黙って遙香さんの説明を聞き、話を遮ろうとはしなかった。

 問題は詩織さんだ。
 始終、彼女は横から口を挟んできた。

 途中、さすがの遙香さんも詩織さんの妨害ともいえる反応にはうんざりしたようで、ついに遙香さんは詩織さんの反応を一切無視することに決めたらしい。
 遙香さんから相手にされなくなった詩織さんは次第におとなしくなり、数分後には徹たちの仲間入りを果たした。

 すべての説明を終えた遙香さんは、グラスに入ったウーロン茶を一口飲んだのち、「こういうことなんだけど、みんなはどう思う?」とみんなの意見を聞く態勢に入った。

 果たして、徹たちの意見は――。

「おれは遙香と夏奈の関係をよく知らない。そのため、あまり二人のことをとやかく言える立場にはない。
 しかしな、そんな立場のおれにもひとつだけ言えることはある。いや、そういう立場だからこそ、ああだこうだと言えるのだろうな」

 真っ先に口を開いたのは我らが代表、徹だった。

 徹の強いまなざしを見て、これは油断できないと感じたのか、遙香さんは見るからに表情を強張らせた。
 案の定、次に徹が言い放った言葉は、あらかじめ警戒していた遙香さんを動揺させるものだった。

「おれのような第三者から見れば、お前がやろうとしていることは夏奈への裏切り行為だ。
 それはな、お前が夏奈のことを嫌いであるという、何よりの証拠なのだぞ。お前、それを分かっているのか?」

 遙香さんは「裏切り行為……」と放心したようにつぶやく。
 それから彼女は首を横に大きく振り、「わたしたちのことをろくに知りもしないで……よくもそんなたわごとを、このわたしの前で言えたものね」と口元を痙攣させながら、全力で否定した。

 徹は鼻を鳴らし、「まあそんなに興奮するな、遙香よ。おれとて、これはあまり言いたくなかったのだ。正直に言うと、心苦しいさ。だがな、事実は事実だ。この事実を覆すことなど、誰にもできん。それができるとすれば、お前が夏奈にすべてを白状することくらいだな」と明らかに勝利の笑みを浮かべながら、遙香さんをなだめた。

 遙香さんが徹に何か言い返そうとしたとき、「遙香には悪いんだけど、わたしも今回の件は反対よ」と申し訳なさそうな環奈の声がした。

 かわいそうなことに、それで遙香さんは涙目になってしまった。
 それでもここで屈することはせず、遙香さんは「どうして?」と環奈に立ち向かうことを選んだ。

「どうしても何も、わたしたちがあなたたちに協力したとして、いつまで夏奈をだませると思っているの?
 だませたとしても、精々一週間そこらではないかしら。早ければ三日も持たないかもしれないし、どころか一瞬でウソがばれるかもしれない。
 いいこと、遙香。ウソというものはね、いつかばれるものなのよ」

 ウソはいつかばれるもの――。
 なるほど、環奈の考えは至極当然のことだろう。

 この世の中において、ウソがばれないなんてことはありえない。
 些細なことでウソが露見するかもしれないし、良心の呵責に苛まれたぼくらが、すべてを白状するかもしれない。

 そうさ、世の中は善によって支配されている。
 そのため、善が悪を食らうのも、やはり必然的なことなのだろう。

「……一応訊くけど、茜の意見はどうなの?」

 遙香さんは救いを求める目で、最後の希望である茜を見遣った。
 その彼女の目は、先ほどぼくが茜に見せた目だった。
 となると、オチは決まっている。

「徹くんと環奈ちゃんが反対なら、わたしも反対だよ。ごめんね、遙香ちゃん」

 ぺこりと茜は頭を下げたかと思えば、彼女は「お腹が空いたなぁ」と言って、テーブルにあるグランドメニューをじっと見つめ始めた。

 その言動がきっかけとなったのか、とうとう遙香さんは泣き出してしまった。

 ぼくがおろおろとする中、遙香さんは「もしかして、みんなはわたしのことが嫌い?」と涙いっぱいの目を徹たちに向ける。
 今さらだが、ぼくは遙香さんのフォローに回ることにした。

 おそらく、環奈と茜の二人は徹の意思を受け継いでいるとみられる。
 ならば、ぼくが説得する人物はただ一人。
 恋愛反対運動代表、灰原徹だ。

 できるか、大浦翔?
 いや、できるかではない。
 やるのだ。
 脳で考えるよりも口を動かせ、大浦翔。

「徹」
「なんだね、翔」

 徹の不敵な笑みが、ぼくの恋愛魂と闘争心に火を付けた。

 そうさ、この戦は好きな人を守る戦いだ。
 だったら、この戦は始めから勝負がついていた。
 なぜなら、好きな人を想う力こそ、この世でもっともパワーがあり、もっとも勝利へと導く鍵となるからだ。

 この戦、戦うまでもない。

「徹たちが協力しないとなると、ぼくは恋愛反対運動を抜けざるを得なくなる」
「なんだと?」

 不意を突かれたというように、徹は目を見開いた。
 それは環奈や茜も同様で、彼らは純粋に驚いていた。

 ぼくは心の中で苦笑した。
 一時的とはいえ、きのうはぼくを恋愛反対運動から追い出したくせに、よくもこれほどまで驚けるものだ。
 あきれを通り越し、感心さえしてくる。

「……なるほど、お前の覚悟は本物みたいだな」

 よろしい、そう徹はうなずくと、席から立ち上がり、ぼくに握手を求めてきた。
 一方のぼくはあっさり徹を説得できたため、なんだか拍子抜けしてしまい、すぐには握手に応じられなかった。
 それほどまでに、ぼくは徹の陥落が意外だった。

「――実はだな、おれたちはお前と遙香の覚悟を知りたかったのだ。
 それだから、おれたちは翔たちの理解者ではないふりをすることにしたのだよ。すまなかったな、お前たち」

 協力関係を結ぶ握手を終え、いじけている遙香さんをぼくが慰めていると、そのようなことを徹が言い出した。

「やはりお前たちがしようとしているそれは、それ相応の覚悟が必要だからな」
「それならそうと言ってくれたらいいのに……おかげで遙香さんがいじけちゃったじゃないか」
「それは大した問題ではあるまい」

 徹の容赦ない言葉に、ますます遙香さんはいじけてしまった。

「ねえねえ、昼食食べようよ、みんな。わたし、お腹ペコペコ~」

 茜はそう言うなり、先ほどから気になって見ていたグランドメニューを手に取ると、ワクワクとしたまなざしで目を通していく。

 そのとき、遙香さんが「作戦会議……するんだけど」と不愉快そうに言葉を漏らした。

 確かに徹たちの了承が得られた場合、すぐに作戦会議をすることになっている。
 けれど――。

「腹が減っては戦ができぬ、というようだし、まずは腹ごしらえをしようよ、遙香さん」

 遙香さんは納得いかなさそうに「むむむ」とうなっていたが、やがて吹っ切れたのか、「よーし、きょうは翔くんのおごりだよ、みんな!」とヤケクソ気味にグランドメニューを手に取り、メニューを眺め始める。

「あ、あれ? 今回の昼食代って、ぼくと遙香さんで折半するんじゃなかったっけ……?」

 そのぼくの声は誰にも聞こえていなかった。

 みんながワイワイと盛り上がっている中、ぼくだけが取り残されていた。

 いや、ただ一人、ぼくと同じ立場の人物がいた。
 その人物、それは遙香さんに無視されてからというもの、一言もしゃべっていない哀れな詩織さんのことだ。

 ぼくが詩織さんに目を向けると、彼女のほうもぼくを見てきた。
 ぼくらは無言で、目の前の哀れな存在を見つめ合った。

 気まずい。

 ぼくはグランドメニューを手に取ると、それを詩織さんに無言で差し出した。
 詩織さんはグランドメニューを受け取ると、ぼくに「ごちそうになります」と頭を下げてきた。

 それでぼくも吹っ切れた。

 みんながメニューを選んでいるのにも関わらず、ぼくは呼び出しボタンを押した。
 ぼくは全員の冷ややかな視線を浴びながら、一人澄まし顔で店員に注文し、一足先にやることを終わらせた。