その後、ぼくは冷め切ってしまった朝食を平らげると、自室に向かった。
 これでもかというほど、部屋は冷房が効いていて、寒さを感じたぼくは冷房の温度を上げた。

 ぼくはベッドに座り、スマートフォンで現在の時刻を確認。
 まだ午前八時を少し過ぎたところなので、会合の時間まではあと三時間ほど余裕があった。

 何をして過ごそうか、とぼくは部屋の中を見回した。

 そのとき、部屋の扉をリズミカルにノックする音が聞こえた。
 特徴的なノックの仕方で、すぐにぼくはそれが姉だと分かった。

「姉さんだろう? どうぞ」

 ぼくが声をかけると、姉は上機嫌な様子で部屋の中に入ってきた。
 姉はぼくの隣に腰かけると、いやらしい笑みを浮かべながら、こちらを見つめてくる。
 なんとなくだが、どうして姉がぼくの部屋を訪れたのか、分かったような気がした。

「……姉さん、ぼくをからかうつもりなら、やめたほうがいいよ。たぶんぼくはキレると思うから、やめたほうがいい」

 ちなみに言っておくと、鋭い勘を持つ姉は、ぼくの好きな人が遙香さんだということに気付いていた。

 先ほどの両親がいる場では、姉はぼくのことをからかうのをやめていたが、今は状況が違う。
 何せ、ぼくと二人きりだからだ。

 姉は恋愛に関する話題になると、これは自分の分野とばかり、うるさくなる。
 そのため、姉が今回の一件に興味を示すのも、必然といえば必然なのだろう。

「ちょっと翔ったら、おっかないことを言わないでよね。姉さん、悲しいわ」

 姉はしくしくと泣くふりをし、挙句の果てには自分で「ぐすん」とまで言ってしまう。

 よっぽど姉は気分がいいのだろう。
 でなきゃ、今のような恥ずかしい真似はできない。

「言っておくけど、今回の一件はからかうほど、ロマンのあるものじゃないからな。
 一歩間違えれば、ぼくは警察のお世話になっていたかもしれないんだ。だから……」
「だから?」

 いつの間にか、姉は険しい顔でぼくをにらんでいた。

 なるほど、ぼくは失言してしまったらしい。

 ぼくが黙り込むと、姉は勝機とばかり、ぼくに詰め寄ってきた。

「どうして翔が警察のお世話になるのかな。
 もしかして今までの話はでっち上げで、すべては愛しの遙香ちゃんと恋人のふりをするため、あんたが遙香ちゃんを脅したんじゃないの? あんた、とうとう犯罪者にまで――」
「ち、違う!」

 違うとは言ったものの、実際はそれに近いことをぼくはしてしまった。
 しかし、もう言い逃れはできないだろう。

 ぼくは真実を姉に語った。
 生まれてこの方、これほどの情けない思いをした覚えはない。
 意外にも早く、ぼくに天誅が下ったようだ。

 すべてを聞き終えた姉は、なおも険しい顔をしていた。
 けれど、それでもいくらか優しい声で「翔はさ、このままでいいと思っているわけ? あんた、このままだと卑怯者で終わるんだよ?」とぼくの意思を確認した。

 ぼくは涙目のまま、首を横に振った。

「いいはずがないよ。ぼくは遙香さんのことが好きなんだ。
 このままじゃ終われないし、それに寝覚めが悪い。
 あのときはごめんねって、遙香さんにちゃんと謝るんだ。それからちゃんと告白もしたい」

 姉はぼくの手を強くつかみ、「確かめるけど、それはあんたの本心よね? その場を言い逃れようと、適当なことを言っているわけではないのよね? 信じていいのね?」と今までにないような気迫で、こちらに迫った。

 ぼくは姉の目を見つめながら、こくんとうなずく。

 しばらくぼくらは見つめ合っていたが、やがて姉はふっと笑った。

「分かったわ、信じてあげる。
 タイミングを見計らって、ちゃんと遙香ちゃんに謝るのよ? それからね、ちゃんと告白もすること! 男なら悪知恵で生き残るんじゃなくって、玉砕あるのみよ」
「うん、そうだね。姉さん、ありがとう」
「がんばりなさいよね、このチェリーボーイ」

 姉はぼくの背中を豪快に叩くと、そのままベッドから立ち上がり、部屋から出て行った。

 あらためてぼくは姉の偉大さを知り、姉への好感度が上がるのだった。