どうして…どうして私はこんな思いをしているのだろう?
 何度……心に問い掛けただろう?

 勿論答えなんてない。
 答えてくれる人なんて周りには誰もいない。


 母親は私を産みたくはなかったそうだ。
 ではなんで生んだのか?それは身籠れば父親が自分を選んでくれると信じていたから。
 それも叶わず、認知もされない代わりに養育費だけは受け取ることができた。
 だから、かろうじて生かされている。
 父親が入金してくるお金だけで私は生かされているのだ。
 それと憂さ晴らしの為にただ殴られるのが私の役目。
 学校も行ってない。
 このアパートはどうやら訳ありの人間ばかりが住んでいるから、通報する人間もいない。
 だから誰にも気づかれない。
 言葉も文字も同じ階に住んでいるおじいさんが気まぐれに教えてくれた。
 自分が読み終わった本や漫画をくれたからそれを教科書にして色々学んだのだ。
 だからなのか、おじさん曰く私の言葉遣いは結構特殊らしい。
 もちろん自分じゃわからないけれど。
 なれば教えてくれたおじいさんの言葉使いもおかしいのではないか?と思うのだが、どうやらそれは違うらしい。


 この日も母親という人物は私に食料を与えるという名目で殴りに来た。恐怖から動けなくなっていたのだが、あまりに殴られるため咄嗟に手で払うと、昔とは違い私を産んだ女はよろけて転んでしまった。

 結構軽いな………そんなに力を入れたつもりは無いのに。いつの間にか、私を産んだ女よりも力がついていたらしい。
 おじいさんは、気まぐれで時に戦い方を教えてくれていた。その際、力がなさすぎると基礎体力を上げるよう教えてくれた。何もすることも無い私はひたすら読書と体力作りに励むしかなかった。
 だって、やる事なんて他にない。
 六畳一間が私の全てだ。漫画はあるがテレビもない。
 元々ないから、ないからといって特に不便も感じたこともない。
 ないない尽くしの私だが、おじいさんが側にいてくれただけ幸運だった。

 私が驚きからか色々なことを考えていると母親たる人は逃げるように出ていった。
 おじいさん曰く復讐されるのを恐れているのではないか、だそうですが、そんなことはどうでもいい。
 自分よりも格下だと思っていた私に反撃されたのが気に入らなかったのか、母親はその日から私のところには来なくなってしまった。
 こちらの方が問題だ。
 何せ食べるものがない。
 それと………少しだけ、ただ会いに来てほしいという気持ちもある。

 残飯とおじいさんの施しで何とか10日間は耐えていたが、水も電気も止まり、いよいよ動くことが出来なくなってきた。
 もしかしたら私は死ぬのかも知れない。

 なら、こんな部屋で誰もいない部屋でだけは死にたくない。
 誰でもいいから私が今生きてきて、そして死んでいくんだと言うことを知ってほしい。覚えていて欲しい。

 そんな願いから私は入り込めるこのアパートから一番近いビルを死に場所に決めた。
 ホントは東京タワーが良かったけど、あそこには行けない。漫画で出てきたから一度だけでも中に入ってみたかったのに。


 アパートの部屋から出て、何とか重すぎる身体を動かして私は非常階段を登った。
 かけてあった鍵はおじいさんに教えてもらった通りにやったら開ける事が出来た。
 やっぱりおじいさんと知り合えて良かった。

 何とか屋上までたどり着くと少しだけ肌寒かった。

 「星………見えないや」


 満開の星空を望むには都会の夜の海はグレーがかっている。でもそれも悪くない。

 「おじいさんにさよなら言ってなかった……」


 元々気ままに面倒を見てくれていただけだから、今何処にいるのかもわからない。


 「私………ホントに1人なんだ」



 虚しさと……悲しさ……後は理由なんて分からない感情が私の心の全てを締めた。



 この日、私は確かに死んだ。





 ◆◆◆

 目覚めるとそこは小さなベットの上だった。
 勢いよく起きたせいか、頭がクラッとして生きていられなかった。
 するとこれまた小さなドアからこれまた小さなおじいさんが入ってきた。

 「ああ‼………目覚めたんだね!」

 嬉しそうな声がしたけれど、そもそも自分には知り合い何ていないし、ここがどこなのかも分からない。
 世間知らずは良く理解しているつもりでも、流石にこの状況がおかしいのは分かる。

 ビルの上から飛び降りたら普通死ぬものではないのだろうか?
 何故に私は今も生きているのだろうか?


 小さなおじいさんは、気まぐれに私に色々教えてくれたおじいさんによく似ている。
 違うところがあるとすれば、身長と服装……そして言葉遣いとどこか気難しそうな表情だ。
 あれ?…ここまで違うのなら他人ではないかしら?

 目の前の小さなおじいさんはとても優しげで、口調も柔らかい。

 「目覚める事ができて本当に良かったよ‼アンナ様が貴方を連れ帰ってからずっと寝たままだったから心配していたんだよ」

 「あの……ここはどこですか?私はどうしてベットに寝ているのでしょうか?」



 小さなおじいさんは事の経緯を丁寧に教えてくれた。
アンナ様と呼ばれる女性が私を助けてくれたこと。
 おじいさん曰く、私はどうやら湖にぷかぷか浮いて(頭とお尻だけが浮かんでいる状態)で、今にも死にそうで生きているのが不思議なくらい衰弱していたらしい。

 衰弱には心当たりはあるが、はて?湖とは?
 確かにビルの下はアスファルトの海だったけれど、そうじゃないだろう。

 その後も、ここが自分が暮らしていた現代ではどうやらないこと、私の容姿はとても珍しい事を教えてくれた。

 鏡を見せて貰うと見慣れた顔がそこにはあった。
 黒い長い髪にヒョロリと伸びた手と足。
 日焼けとは無縁だったから病的に白い肌。
 私は私のままだった。
 何一つ変わってなんかない。